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やてん狩り

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 先輩は物真似のたぐいって、得意ですか?

 私は全然でしてね。他の人やものをそこまで観察することが少ない上に、誰かの真似っこをするというのが、どうにも苦手でして。

 へたくそなのもありますし、恥ずかしいという面もあります。ほら、自分の出している声が、自分で聞いているものと他人が聞いているもので異なる、というのはよく聞くじゃないですか。あれと同じようなことが、人様の真似で起こっていたら恥も恥なので。


 しかし、何かを真似するというのは好き嫌いを考えない、広い目で見た技術としてはかなり有益なものだと思うのですよ。

 相手をある情報へ誘導しやすくするわけですから。あるものをないように見せかけ、ないものをあるように見せかける、というのは兵法にも通じるやり方ですし。

 いや、それどころか真似をすることによって、誤魔化すレベルにとどまらず、本当にあるものを作り出すことも、できるのかもしれませんね。

 ちょっと前に、父から聞いた話なのですけれど耳に入れてみませんか?


 父は子どものころ、「かたまり茶」なるものを飲まされることがあったといいます。

 かたまり茶は飲むと、しばらくの間、自分の声が異様ににごるという代物なんです。のどに違和感を覚えることなく、ですね。

 いちど、かたまり茶を飲んだ人の声を聞かせてもらいましたが、あれは確かに特徴的ですね。普通に話しているはずなのに、ところどころで聞き取りづらい。水の中であっぷあっぷしている中、必死で話しているような苦しささえ感じるのですね。

 かたまり茶の作り方は門外不出だそうで、こちらへ来ることになった私は教えられていないんですよ、残念なことに。

 ただ、かたまり茶にはただのボイスチェンジャーを超えた役目があるんです。


 かたまり茶の効果は、飲んでからおよそ12時間前後続きます。夕飯どきに飲むことがほとんどで、朝起きるころにはもう普段通りに声へ戻っていることが大半ですね。

 なぜ夜に飲むことを好むか、というと「やてん」を狩るのにちょうどいいのだと。

 やてん? 狩る? とはじめて聞いた私の頭には、疑問符が浮かんできます。

 名前からして動物のようですが、狩りを行うとなれば昼間など視界が利きそうな時間を選びそうなもの。

 なのに、かたまり茶を飲むのは夜ばかり。いったい何の役に立つのかと思っていると、祖父は今晩、実演してみせるというのです。


 先ほど物真似の話をしましたが、先輩は豚の声真似ができますか?

 笑ったり、興奮したりして、喉奥から空気が出入りしていると、不意に豚を思わせる音が出てしまう、あれです。

 みんなのいる場所でやってしまったら、笑いもの待ったなしですが、あれ意識して出そうと思えば出せるんですよね。あまり長くやると、のどが痛くなりますけれど。

 通常なら一発芸程度にしか使えない技ですが、これがかたまり茶を飲んだ後だと、一転。耳鳴りそのものと思えるような、かん高い音となって響くのだとか。

 この音こそが、やてんを狩る上での重要なポイントらしいのですね。


 夜も深まってきたところ、かたまり茶を飲んだ父と祖父は、庭に面した自宅の縁側に腰をおろします。

 どうも、やてんとは動物っぽいぞと、父はこれまでの話で判断していました。かたまり茶を飲むことによって発せられる音につられて、どこからか庭へ入り込んでくるのだろう……と思っていたのですが。

 いざ祖父が声を出し始めると、自分の毛がぞわぞわと逆立ち始めるのを、父は感じます。

 耳鳴りに近い音に、つい背筋を伸ばしてしまったがためのみではありません。うぶ毛がチリチリとひりつく感じは、音以外にも、自分の慣れていない何かが近づいて来る気配にも思えたのです。

 祖父が声を出し始めて、そこそこの時間が経ったころ。

 満月に近い月のみがてかっているこの状態で、庭の「空」にひょこりと姿を見せたものがあったのです。


 月のかすかな明るさによって、そこにいることは輪郭でとらえられます。ぱっと見た感じではイタチによく似た姿をしていたそうですね。

 しかし奇妙なのが、そいつが本当に「空」を歩いて来るということ。そろそろと身を運ぶのは、父たちの座るところより頭の上、数メートルは高い場所だったのです。

 木や建築物などはありません。その、やてんと思しき影は何もないはずの空中を進んでいくのです。

 それも結構な勾配です。まるで木登りでもしているかのように、影はほぼ直角といえるほどの軌跡でもって、ぐんぐんとやてんは昇っていくのです。空を。

 祖父はこの間、ところどころ息を継ぎながらも、かの耳鳴りを思わせる声を響かせ続けていました。しかし、やてんが昇りに昇って、いよいよ豆粒ほどの大きさほどになると、急にぴたりと黙り込んでしまったのです。


 父はその切り替えを見て、ほぼかたまり茶とやてんの関係を直感しました。

 かたまり茶を飲むことによって発することができる、あの声。それはやてんを引き寄せるものであるとともに、やてんの行く道を「かためる」効果があったのだと。

 おそらくぱっと現れたり消えたりするものではない。土で固めたものごとく、音によってじょじょに重ねられ、途切れることでじょじょに崩れる。

 これまでは祖父が次から次へ音をつむぐことによって、やてんの足元は安定し続けていた。しかし、そいつを長く止めるとなったなら……。

 やがて、空から庭へ。ぼとりと音を立てて叩きつけられるものがあった。完全に地面で伸びきっていると思われるその姿は、あのイタチそっくりのやてんと思しきものだったそうですね。

「今回は思いのほか、上首尾だったな」と祖父は立ち上がり、やてんのもとへ歩き出そうとしますが、つられて立とうとした父を手で制してきます。


「宙にいるうちはいいが、落ちたやてんはただひとりしか寄っちゃいけない。二人以上に亡骸を見られるのは、やてんが恥じて、祟りを与えるとされとる。

 こいつは狩りにして、一対一の真剣な勝負であったと、あいつに納得してもらわにゃいかん。そして狩ったならば、飯としてありがたくいただくもの。明日の朝飯を楽しみにしとけ」


 そう制止された父。同じかたまり茶を飲んだ今の自分なら、自分のぶんのやてんも狩れるかと尋ねましたが、ほとんどは熟達の技に基づいた結果。

 素人の父はよほどの幸運に恵まれない限り、縁はなかろうとの評をもらったそうです。実際、その夜に部屋へ引っ込んでから、祖父にならって声を出してみましたが、耳鳴りの音はすれどもやてんは姿を見せなかったそうです。

 翌朝のご飯として出てきたお肉入りのけんちん汁は絶品の舌触りで、これまで口にしたことないほどの美味だったとか。祖父ははっきり口にはしませんでしたが、おそらくやてんの肉だったのでしょう。


 父はそれから地元を離れて、かたまり茶と縁がなくなるまでやてんを狩ろうと躍起になっていたそうですが、生まれつきセンスがなかったのか、一匹も手に入れることができず。

 しかし祖父は隔週一匹ほど、やてんを捕らえることができており、ほかの地域の人たちも個人差はあれど、やてんを落としたという人がいたようです。

 いまや、どれほどの人がかたまり茶から、やてんを狩れるかは知りませんが機会あれば味わってみたいものですね。

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― 新着の感想 ―
とっても面白かったです! 声真似が上手な人は耳が良いとか聞きますね。今回は口笛とか巻き舌みたいにコツや練習が必要な技みたいでしたね。絶品との事ですが、ちょっと得体が知れないので食べるのは躊躇するかもで…
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