第五話 聞いてしまったもの
『英雄の代償』第5話です。
世界を救ったはずの英雄が、
その裏で“すでに始まっていた処刑の準備”に気づいてしまう章。
優しかった現実が、静かに嘘へと変わっていく──
どうか最後までお付き合いください。
王城の夜は、
冷え込んでいた。
昼間の賑わいが嘘のように、
今はただ、月だけが静かに輝いていた。
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エイドは、
眠れずに歩いていた。
世界は救われたはずだった。
みんな笑顔だったはずだった。
なのに、
どうしようもない不安が、
胸を締め付けていた。
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歩くうちに、
王城の奥まった廊下へと迷い込んだ。
ふと、
奥の部屋から、
声が聞こえた。
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王族たちの集まる──
謁見の間。
扉は、
わずかに開いていた。
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中から、
国王の重い声が響く。
「──さて。
問題は、英雄たちの処遇だ。」
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エイドは、
その言葉に足を止めた。
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続けて、宰相の声がした。
「彼らは民衆にとっては英雄。
だが、裏を返せば、
民衆を扇動できる”危険因子”でもあります。」
「特に、エイド・グレイヴ。
あの男の影響力は無視できない。」
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国王は、
重々しく頷いた。
「いずれ民衆が恐れを覚え、
英雄を排斥しようとする流れが起きるだろう。」
「その時、我らは、
ただ”それに乗る”だけでよい。」
「我らが手を下す必要はない。」
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エイドは、
信じられなかった。
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さらに、
王弟殿下の嘲笑うような声が続く。
「英雄など、一時の道具よ。
使い捨てられるのが、奴らの宿命だ。」
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エイドの胸に、
何かが砕けた。
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扉の隙間から、
王たちの姿が見えた。
貴族たちは笑っていた。
まるで、
「当然のこと」のように。
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エイドは、
音も立てずにその場を離れた。
足元が、
ぐらぐらと揺れていた。
呼吸が、
苦しかった。
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廊下を抜け、
誰もいない中庭に出る。
星空が、
酷く遠くに見えた。
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拳を握った。
血が滲んだ。
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エイドは、
自分に言い聞かせた。
(まだ……まだわからない。
これは、何かの誤解かもしれない。)
(俺たちは──
世界を、救ったんだ。)
(誰も──
こんな結末、望んでいないはずだ。)
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エイドは、
夜の空を見上げた。
どこまでも冷たく、
どこまでも遠い、
夜空を。
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背後で、
王城の鐘が鳴った。
ゆっくり、
重たく、
静かに──
英雄たちの、
死刑執行を告げるかのように。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
誰にも見られず、誰にも気づかれず、
笑顔の裏で決まっていく「処分」。
エイドが耳にしたのは、疑いではなく、もう「確定した結末」でした。
次回、さらなる崩壊が始まります。