第三話 さざ波
『英雄の代償』第3話です。
世界は救われ、英雄は称えられた。
けれど、ほんの小さな“さざ波”が、
やがてすべてを壊していく波紋の始まりでした。
今回は、その予感が静かに忍び寄る章です。
王都に祝祭が続いていた。
昼は広場で踊り、
夜は街中にランタンが灯る。
子供たちが走り回り、
商人たちが声を張り上げる。
まるで、
本当に「平和」が訪れたかのようだった。
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エイドたちは、
王城に用意された客間で暮らしていた。
世界を救った英雄たちとして、
最大級の待遇が与えられていた。
豪華な食事、柔らかいベッド、
必要なものは何でも与えられた。
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しかし、
エイドは、少しずつ胸の奥に違和感を覚え始めていた。
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例えば。
王都の民衆たちが、
どこか「距離」を取るようになった。
前は、子どもたちが駆け寄ってきて、
「エイド様!」と抱きついてきたのに。
今は──
遠巻きに見つめるだけ。
目が、冷たい。
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例えば。
市場を歩いていると、
背中でひそひそ声が聞こえる。
「……あれが英雄様か。」
「まあ、元はただの田舎者だろ?」
「力を持った奴なんて、怖いだけだ。」
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エイドは、
聞こえなかったふりをした。
心に、
小さな石が投げ込まれたようだった。
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カリスと話しても、
何となく、会話がぎこちない。
ソフィアも、
以前ほど笑わなくなった。
エステラだけは変わらなかった。
でも、
彼女の後ろ姿は、
なぜかますます小さく見えた。
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夜。
エイドは、
一人、城の中庭で剣を振っていた。
何も考えず、
ただ、体を動かしていたかった。
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ふと、
足音がした。
振り向くと、エステラだった。
彼女は、小さな布包みを持っていた。
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エイドに近づき、
そっと手渡した。
「これ──あげる。」
開いてみると、
そこには、一輪の白い花が入っていた。
戦場で、二人が交わしたあの花。
干からびかけていたけれど、
エステラが丁寧に保存してくれていたのだろう。
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エイドは、
胸がいっぱいになった。
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エステラは、笑った。
「エイドに、似合いそうだから。」
その声は、
ほんの少しだけ、震えていた。
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エイドは、
必死で微笑み返した。
「……俺に、花は似合わないだろ。」
エステラは、首を振った。
「そんなことないよ。
エイドは、優しいから。
こういう、あったかいものが似合うの。」
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エイドは、
そっと花をポケットにしまった。
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その夜、
彼は眠れなかった。
心に、奇妙なざわめきがあった。
世界は救われた。
平和は訪れた。
みんな笑っている。
──なのに、なぜ。
この胸の奥の、
冷たい違和感は──
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窓の外を見上げた。
星が、
一つも見えなかった。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
見えない壁、変わらないようで変わっていく人の目線、
そして、エステラの小さな優しさ──
それが後の展開でどう響くのか、
少しずつ積み重ねていきます。次章もぜひ。