第二十二話 影、再び
滅びは静かに、誰の叫びもなく始まる。
そしてそれに気づく者は、いつだって──手遅れの時だけ。
英雄が堕ちた先に、さらに深い闇が差し伸べる手があった。
村は、
ゆっくりと死んでいった。
水は濁り、
土は割れ、
家畜は倒れた。
人々は、
病に倒れ、
呪いのような咳を撒き散らした。
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だが──
誰も、
それが”英雄エイド・グレイヴ”によるものだとは知らなかった。
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エイドは、
村外れの小高い丘に立っていた。
滅びゆく村を、
無表情で見下ろしていた。
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そこへ──
足音がした。
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静かな、軽い足音。
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エイドは、
振り返らなかった。
気配でわかった。
あの日。
自分を牢から救い出した──
“あの女”だと。
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女は、
エイドの隣に立った。
ボロ布を纏い、
顔をフードで隠していた。
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そして、
口を開いた。
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「見事だね。」
「誰にも気づかれず、
誰も助けられず、
ただ静かに、世界を腐らせていく。」
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エイドは、
応えなかった。
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女は、微笑んだ。
その声は、
甘く、
けれどどこか毒を含んでいた。
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「君には、もっとできる。」
「世界を、もっと静かに、もっと確実に──
殺すことができる。」
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エイドは、
ただ空を見上げた。
雲ひとつない青空。
こんなにも澄んでいるのに、
その下では、
命が静かに朽ちていっている。
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女は、
さらに言葉を重ねた。
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「君には、
“才能”がある。」
「破壊する才能じゃない。」
「絶望を植え付け、
人間たちを中から腐らせる才能だ。」
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エイドは、
ゆっくりと女を見た。
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フードの奥、
女は笑っていた。
楽しそうに、
心から、嬉しそうに。
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エイドは、
かすかに口を開いた。
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「……お前は、誰だ。」
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女は、
指を立て、唇に当てた。
そして、囁いた。
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「──君と同じ、“裏切られた者”だよ。」
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エイドは、
何も言わなかった。
信じる気も、
疑う気も、なかった。
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女は、
そっと手を差し伸べた。
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「一緒に、
世界を腐らせよう。」
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エイドは、
その手を見た。
細く、白く、冷たい手だった。
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しばらくの沈黙のあと──
エイドは、
その手を、ゆっくりと取った。
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空は、
青かった。
太陽は、
暖かかった。
でも、
その下で。
ふたりの”怪物”が、
静かに、確かに、
歩き始めた。
もう“正義”も“希望”も残されていない。
その手は救いではなく、共犯の契約。
世界を壊す者が、今──ひとりではなくなった。
次回、第23話。
腐敗は加速する。ただ、誰にも見えないままに。




