第二十一話 静かな火種
守ったはずの村に、もう誰も「ありがとう」とは言わなかった。
そして彼もまた、誰にも「助けたい」とは言わなかった。
静かに――英雄が壊し始める
王都を離れ、
ボロ布の外套を纏ったエイド・グレイヴは、
無人の道を歩き続けた。
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たどり着いたのは、
辺境の小さな村だった。
かつて、
魔族の侵攻を防ぐためにエイドが守った村のひとつ。
今は、
国の名のもとに再建されていた。
──
エイドの存在を、
誰ひとり、語らずに。
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村人たちは、
エイドに気づかなかった。
汚れた外套。
やつれた顔。
歩く屍のような姿。
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誰も、
英雄だとは思わなかった。
ただの、
みすぼらしい流れ者。
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エイドは、
小さな広場に立った。
村人たちは、
ちらりと彼を見ると、
すぐに視線を逸らした。
無関心。
冷たさ。
それが日常だった。
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かつて、
この村を魔族から守ったとき──
子供たちが駆け寄り、
老いた農夫たちが涙を流し、
娘たちが花を捧げた。
あの日を、
彼らは忘れていた。
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エイドは、
何も言わなかった。
ただ、
静かに、村を歩いた。
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ふと、
広場の端で、
見覚えのある男を見つけた。
かつて、
エイドに助けられた村の長だ。
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だが──
彼は、
エイドに気づくと、
顔をしかめ、
警戒するように後ずさった。
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エイドは、
にこりと笑った。
底の見えない、空っぽの笑みだった。
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村長は、
声を潜めて言った。
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「……英雄様が、何の用だ。」
「もうここには……
何も、あなたのためにできるものなどない。」
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その言葉に、
エイドは静かに頷いた。
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「……そうだな。」
「俺も、何も望んでない。」
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そして、
ポツリと続けた。
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「ただ──」
「“俺が守った世界”を、
ひとつずつ、壊していくだけだ。」
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村長は、顔を青ざめた。
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エイドは、
朽ちた広場の真ん中に立った。
そして、
瓦礫の中から、
一本の朽ちかけた槍を拾った。
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それを、
無造作に、地面に突き立てた。
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大地が、
小さく震えた。
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村人たちは、
ざわつき始めた。
空気が変わった。
焦げた匂いが立ち込めた。
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エイドは、
ただ、無表情で見つめていた。
地面から、
黒い霧のようなものが立ち上るのを。
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──
かつて魔族たちが使った、
禁呪の痕跡だった。
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エイドは、
かつての戦場から拾ってきた
“滅びの種”を、
この村に静かに撒いた。
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誰も、
最初は気づかなかった。
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ほんの少しずつ。
村の水が濁り、
土が腐り、
家畜が弱り始めた。
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エイドは、
振り返らなかった。
ただ、歩き去った。
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背中越しに、
誰かの悲鳴が聞こえた。
それでも、
エイドは立ち止まらなかった。
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村を、
ひとつ、
壊した。
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それは、
派手な破壊ではなかった。
静かに、
確実に、
死が根を張るやり方だった。
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エイドは、
朽ちた剣を腰に差し直した。
そして、
小さく、呟いた。
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「──これで、ひとつ。」
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世界を守った英雄は、
世界を壊す怪物へと、
確かに歩き出していた。
英雄だった男が、最初に手をかけたのは「過去の功績」そのものだった。
祝福を、感謝を、すべて失ったこの世界に、
彼が刻んでいくのは、静かな滅びの爪痕だけ。
次回、第22話。
ひとつ壊した彼は、次に“なにを壊す”のか。




