第二話 祝福の中で
『英雄の代償』第2話です。
救われた世界で、祝福を受ける英雄たち──
けれど、その祝福は、すでにどこか歪み始めています。
よければ、最後までお付き合いください。
王都ルヴァーン。
かつて戦火で焦土と化したこの街も、
今は旗と花で埋め尽くされていた。
英雄の帰還を祝うために。
街は、久しぶりに”本当の笑顔”に満ちていた。
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エイド・グレイヴ、
カリス・ヴェイン、
ソフィア・ラルティア、
エステラ・ヴァイネス──
彼らは、
「世界を救った英雄」として、
凱旋式に招かれた。
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王宮前の広場には、
数千、数万の民衆が集まっていた。
子どもたちが花を撒き、
音楽隊が奏でる祝福の曲が、
空に響く。
空は、
痛いほどに晴れていた。
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エイドは、
戸惑いながら壇上に立った。
王族たちが微笑み、
貴族たちが賛辞を送る。
民衆たちは、歓声を上げた。
「英雄! エイド!!」
「世界を救った男だ!!」
「未来の守護者だ!!」
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耳をつんざく喝采。
エイドは、
まるで夢の中にいるようだった。
(……俺は、こんなふうに、
称えられるために戦ったんじゃない。)
(でも──
それでも、みんな笑ってるなら、いい。)
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壇上の端に立つエステラが、
そっと目配せしてくる。
その瞳は、
小さな不安を押し隠して、
それでも輝いていた。
エイドは、
微笑み返した。
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隣にいるカリスも、
肩を組んできた。
「やったな、エイド。
……これで、本当に、平和だ。」
その声は、
震えていた。
カリス自身も、
まだ信じきれていないのだろう。
でも、
今は、それでいい。
信じたかった。
この手に掴んだ平和を。
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ソフィアは、
民衆に向かって手を振っていた。
明るく、無邪気に。
けれど、
彼女の笑顔もまた、
どこか無理に浮かべたものに見えた。
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祝賀のあと、
四人は王宮内の一室に招かれた。
そこには、
国王、王妃、王弟殿下、宰相、貴族たち──
この国を支配する者たちが勢揃いしていた。
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国王は、
白銀の髭を撫でながら、静かに言った。
「汝らの功績、まこと大いなるものなり。」
「ルヴァーン王国は、
この英雄たちを永遠に讃えるものとする。」
周囲が拍手する。
貴族たちが近寄り、
エイドたちに勲章を授与していく。
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エイドは、
重たすぎるメダルを受け取った。
カリスも、ソフィアも、エステラも、
同じように勲章を胸に付けられた。
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そして、
国王は続けた。
「英雄エイド・グレイヴに告ぐ。」
エイドは、
緊張で喉を鳴らした。
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国王の声は、
重く、広間に響いた。
「汝を、王国の守護騎士とする。」
「これより、王国の名において、
世界の平和を守る使命を与える。」
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民衆が、
再び歓声を上げた。
「エイド様!!」
「守護騎士だ!!」
「未来を託された男だ!!」
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エイドは、
理解できなかった。
俺は──
自由になるんじゃなかったのか?
戦いが終われば、
エステラと、カリスと、ソフィアと、
小さな村に帰って、静かに生きるつもりだった。
それなのに。
また、「使命」。
また、「命令」。
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エステラが、
不安そうにエイドを見つめた。
ソフィアも、
カリスも、
何も言えず、立ち尽くしていた。
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エイドは──
それでも、微笑んだ。
この世界を守るためなら。
この仲間たちの笑顔を守るためなら。
どんな責任でも、
背負おうと、思った。
「……ありがたき光栄です、陛下。」
エイドは、深く頭を垂れた。
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拍手が、起こった。
王宮は、祝福の嵐に包まれた。
民衆は、
エイドを神のように称えた。
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けれど──
その中で。
カリスは、
ソフィアは、
エステラは、
誰も、心から笑えなかった。
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風が吹いた。
乾いた、
嫌な風だった。
だが誰も、
まだ、その風に気づかない。
──世界は。
すでに、
静かに腐り始めていたのに。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
一見華やかな祝祭の中に、
少しずつ「違和感」が芽生えていく描写を書きました。
次回、第3話もどうぞよろしくお願いします。