第二十話 始まりの静寂
かつて英雄と呼ばれた男は、
今、誰にも知られず、廃墟の片隅にいた。
何も信じられず、何も守れず、
それでも、ただ一つ──まだ終わっていなかった。
朝日が、
廃墟の教会を照らしていた。
埃の中、
エイド・グレイヴは、ぼんやりと座り込んでいた。
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目の前には、
崩れた女神像。
その瓦礫の隙間から、
小さな花が咲いていた。
誰も世話しない、
誰も知らない場所で、
ひっそりと咲いた花だった。
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エイドは、
それを見下ろした。
何も感じなかった。
怒りも、
悲しみも、
優しさも、
もうとうに枯れていた。
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ただ、
心のどこかで──
何かが、
ざらりと動いた。
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生きている。
この花も。
この瓦礫も。
この腐った世界も。
まだ、
死んでいなかった。
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エイドは、
小さく笑った。
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それは、
かつて彼が見せた笑顔とは違った。
冷たく、
乾いた、
救いのない笑みだった。
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ゆっくりと、
立ち上がった。
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足は震えた。
傷だらけだった。
泥と血にまみれていた。
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でも、
立った。
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かすれた声で、
呟いた。
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「……こんな世界なら……」
「……壊れても、いいよな。」
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小さな、
でも確かな言葉だった。
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エイドの中に、
ゆっくりと、
氷のような決意が固まり始めた。
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かつては、
誰かを守るために剣を取った。
今は、違う。
守るものは、ない。
信じるものも、ない。
なら──
何のために生きる?
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エイドは、
瓦礫の中に落ちていた鉄の破片を拾った。
それは、
朽ちた剣の一部だった。
刃はボロボロで、
とても武器には見えなかった。
でも、
エイドの手の中では、
確かに”重み”を持っていた。
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かつて世界を救った英雄の、
最後の剣。
もう、
誰も知らない剣。
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エイドは、
それを腰に差した。
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そして、
ぼそりと呟いた。
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「──奪う側に、回ろうか。」
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それは、
誰に聞かせるわけでもない。
ただ、
彼自身への”決別”の言葉だった。
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教会を出た。
朝日は、
まだ優しく差していた。
でも、
エイドの影だけは、
異様に濃く、長く伸びていた。
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この瞬間、
かつての”英雄エイド・グレイヴ”は、
完全に死んだ。
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そして、
新たな”怪物”が、
静かに、世界に歩き出した。
守る者がいなくなったとき、
剣は、その意味を変える。
かつて世界を救ったその手が、
いま、世界を壊すために動き始める。




