第十九話 英雄の亡霊
「英雄の亡霊」では、エイドがついに“信仰”すら手放す姿を描いています。
戦った意味も、守った人々も、未来の希望も、
すべて失った男の行き着く先は──
祈ることすら許されない“無”の空間でした。
死んではいない。
でも、生きているとも言えない。
そんな「生と死のはざま」にある男の影を、ぜひ見届けてください。
夜明け前。
エイド・グレイヴは、
ふらふらと歩いていた。
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王都の郊外、
誰も寄りつかない廃墟地帯。
かつて栄えた街は、
魔族との戦争で焼け、
今は骨だけを晒していた。
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朽ちた建物。
砕けた石畳。
雑草と、腐った土の匂い。
誰もいない。
誰にも見られない。
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エイドは、
その中に──
かろうじて形を保った、
小さな教会を見つけた。
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屋根は半壊し、
ステンドグラスは砕け、
祭壇には埃が積もっていた。
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それでも、
そこには、微かな温もりの残骸があった。
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エイドは、
倒れ込むように教会へ入った。
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膝をつき、
埃まみれの床に手をついた。
そして、
顔を伏せた。
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かつて、
この国を救いたいと、
心から願った。
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かつて、
誰かを守りたいと、
涙を流した。
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かつて、
エステラと未来を語り合った。
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──すべて、過去だ。
今の自分は。
傷だらけで。
泥にまみれて。
誰にも知られず、
誰にも望まれず。
ここで、
死んでいくだけの存在。
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エイドは、
かすれた声で笑った。
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その笑いは、
どこまでも空虚だった。
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ふと、
教会の奥に、
まだ崩れていない小さな像を見つけた。
女神像。
かつて、
人々が祈りを捧げた存在。
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エイドは、
よろよろと立ち上がった。
そして、
像の前に、膝をついた。
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両手を組み、
祈る姿勢をとった。
だが──
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その口から出たのは、祈りではなかった。
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「……助けて、だって?」
「……誰が?」
「……こんな世界で?」
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エイドは、
かすかに肩を震わせながら、笑った。
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像を、
拳で殴った。
女神像は、
乾いた音を立てて崩れた。
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埃が、宙に舞った。
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エイドは、
瓦礫の中に座り込んだ。
もう、立つ力もなかった。
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目を閉じた。
耳の奥で、
かつての仲間たちの声がこだました。
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「エイド! 背中は任せた!」
「信じてるぞ!」
「お前なら、絶対に──!」
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全部、嘘だった。
全部、消えた。
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エイドは、
瓦礫に身を預けた。
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朝の光が、
ぼんやりと廃墟を照らした。
でも、
その光は、
エイドには届かなかった。
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彼はただ、
“かつて英雄だった亡霊”として、
静かにそこに座り続けた。
お読みくださり、ありがとうございます。
この章は“落ち切った底”の描写でした。
それでも、エイドはまだ生きています。
亡霊のように、世界から忘れられながら。
次回、そんな彼に“何か”が訪れるのか、
それとも、さらに沈むのか──
ゆっくりと続きを進めていきます。




