第十五話 最後通告
『英雄の代償』第15話です。
今回は、エイドという存在そのものが否定される、精神的処刑の章。
“命を賭けて守ったもの”が、
“その命を捨てるように”彼を見捨てるとき──
人は、本当に壊れ始める。
牢の鉄扉が、
軋む音を立てて開いた。
エイド・グレイヴは、
ぼんやりと顔を上げた。
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入ってきたのは、
見覚えのある人物だった。
──国王。
そしてその後ろに、
王弟殿下、宰相、貴族たちが控えていた。
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エイドは、
理解できなかった。
なぜ、
王がわざわざ、こんなところに?
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国王は、
エイドを見下ろしながら、静かに言った。
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「英雄エイド・グレイヴ。」
「そなたの功績は、王国にとって確かに有益であった。」
「だが──
そなたはもはや、“危険因子”である。」
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エイドは、
ぼんやりと、
その言葉を聞いた。
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国王は、
続けた。
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「英雄を必要としたのは、過去の話。」
「今、王国が必要としているのは、
忠実な民であり、絶対的な支配だ。」
「そなたの存在は、
国民を混乱させ、
王権を脅かす。」
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冷たい宣告だった。
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エイドは、
口を開いた。
「……俺は……
この国を、守りたかっただけだ。」
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国王は、
鼻で笑った。
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「守っただと?」
「救っただと?」
「思い上がるな。」
「そなたごときが救ったなどと──
勘違いするな。」
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エイドの胸に、
ぐさりと杭が打ち込まれた。
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宰相が、
書類を取り出した。
「ここに記す。
“エイド・グレイヴは魔王の眷属であり、王国を簒奪しようとした”。」
「この記録は、
王国の正史として残される。」
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エイドは、
血の気が引いた。
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つまり──
すべての歴史から、
彼は”反逆者”として記されるのだ。
世界を救った英雄など、
最初からいなかったことにされる。
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国王は、
さらに言葉を重ねた。
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「民衆は、愚かだ。」
「彼らは、事実よりも、
権威を信じる。」
「そなたがどんな思いで戦おうと、
どれだけ命を賭けようと──」
「それが歴史に残らなければ、
存在しなかったも同じだ。」
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エイドの心に、
深い深い裂け目が広がった。
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王弟殿下が、
さらに追い打ちをかけた。
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「もう誰も、お前のことなど覚えていない。」
「英雄エイド? 反逆者エイド?
どちらでもない。」
「そもそも、お前なんか──
最初から、“いなかった”んだよ。」
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エイドは、
膝をついた。
体の痛みでもない。
拷問でもない。
民衆の罵声でもない。
──ただ、
存在を否定される痛みだった。
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王族たちは、
薄ら笑いを浮かべたまま、背を向けた。
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扉が閉まる音が、
牢に響いた。
そして、
静寂だけが残った。
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エイドは、
拳を握った。
爪が割れた。
血が滲んだ。
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顔を伏せたまま、
彼は、小さな声で、呟いた。
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「……俺は……
……ここに、いるのに……。」
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誰も、
答えなかった。
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世界は、
本当に、彼を消しにかかっていた。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
エイドは「命を賭けて救った世界」によって、
今度は「存在そのものを抹消される」という絶望に直面します。
それは“死”よりも重く、
「ここにいた」という証明を奪われることは、
英雄にとって──最も残酷な終わり方かもしれません。
次回、第16話では、彼の“名前を失った魂”が静かに動き始めます。




