第一話 夜明けの誓い
はじめまして。『英雄の代償』という物語を綴っていきます。
世界を救った英雄が、やがて裏切られ、壊れていく──
そんな静かで残酷な物語です。
第1章「夜明けの誓い」は、その全ての始まり。
優しくて、でももう戻れない時間を、どうか味わっていただけたら幸いです。
空は、どこまでも青かった。
魔王は──
倒された。
長い戦争が、終わった。
死の灰に覆われていた大地は、
ようやく芽吹き始め、
人々は恐る恐る、
笑顔を取り戻しつつあった。
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エイド・グレイヴは、
剣を地に突き立て、空を仰いだ。
何度も夢に見た、
この「終わりの光景」。
それが、
本当に今、目の前にある。
ぼろぼろになった鎧の隙間から、
陽の光が差し込んだ。
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ふと、振り返る。
そこには、
同じように傷だらけの仲間たちがいた。
カリス・ヴェイン。
血まみれの拳を掲げて、笑っていた。
ソフィア・ラルティア。
泥だらけのドレス姿で、倒れた兵士たちに水を運んでいた。
そして──
エステラ・ヴァイネス。
銀色の髪をなびかせて、
小さな体で、必死に負傷者の手当てをしていた。
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エイドは、
その光景を、
胸に刻み込んだ。
これが、
本当に守りたかったもの。
これが、
たしかに存在する未来。
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エイドは、
エステラに歩み寄った。
彼女は、
傷ついた兵士に包帯を巻きながら、
気づいて顔を上げた。
エイドと目が合う。
そして、
ふわりと笑った。
「おかえり、エイド。」
その笑顔が、
すべてだった。
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エイドは、
言葉もなく、
エステラの手を握った。
小さくて、震えていて、
でも確かな温もりがそこにあった。
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二人は、
小高い丘の上に登った。
そこから見渡す世界は、
戦いの爪痕をまだ残していたけれど──
確かに、生きていた。
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風が吹いた。
エステラの髪が、
銀色の光をまとって揺れた。
エイドは、
胸の奥に込み上げるものを、抑えきれなかった。
「……俺、
もう誰も、泣かせたくないんだ。」
エステラは、
静かに頷いた。
「うん。
あたしもだよ。」
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二人は、
互いに手を重ねた。
その手の中に、
小さな誓いを込めた。
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カリスが、
ソフィアが、
他の仲間たちが、
丘の下で笑っていた。
その笑顔に、
エイドは、心から思った。
(これからは、守るだけだ。)
(もう、失うことなんてない。)
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そして、
世界は静かに、
夜明けを迎えた。
──それが。
──すべての悪夢の、始まりだった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
この章は、エイドたちが「確かに平和を手に入れた」と信じた瞬間を描きました。
けれど、夜明けはいつも静かに始まり、
その裏で何かがすでに動き始めているものです。
『英雄の代償』──その意味を、これから少しずつ明かしていきます。