(おまけという名のラブレター)
※こちらはおまけです。本編はひとつ前のエピソードで完結しております♪
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「ほーい」
「うお~い」
海からの湿っぽい風がそよぎつける、曠野の一画。
テルポシエ市、北門わきにある≪東の丘≫の手前にある市民墓地に、八台もの荷車がたどり着くところだった。
頑丈な驢馬達の引く車の中には、石が満載されている。市内外の石材専門業者がかき集められて、工事現場に資材配達をしているのだ。
ろば車は墓地の真ん中通路を通って、その裏手にある丘のふもと、ドルメンと呼ばれる奇妙な岩家の前に向かいつつある。
そこの近くに張られた大型の軍用天幕の中で、美声があがった。
「さー、資材が来たきた。野郎ども、今回もちゃっちゃと手分けして、要領よくやっつけちまおうぜ~」
うおーす。うーーす。
実に野太い、むさ苦しい声がもさもさと呼応している。
天幕の内部、その天井に頭がつきそうな程にでかい巨漢が、美声の持ち主だった。
「お前とお前が、ろばの世話でー。残りはパスクア君の指揮に従い~、俺と一緒にえっさほいさの石つめだ。いいなぁ? ごるぁー」
「いいんすけどぉ、ウーア隊長。何で俺ら≪大盾隊≫が、土木工事するんすかー?」
むきむき、もりもり、ついでにもじゃもじゃ。冬場なので、皆毛皮をあしらった上っぱりを着ている。その分いつもより数割増しでかさばっている男たちが、十数人もいるだろうか。あまりにもじゃもじゃしすぎて特徴も書き分けられないようなのの中の一人が、問うている……。かったるいからやりたくね、というのではない。その声には、本当に不思議がっている響きがあった。
その声に対し、エノ軍主力部隊・巨体の大隊長ウーアは、まるい筋肉顔をふるっと笑顔にして答えた。
「暇だからに、決まってんだろう! なあパスクア君?!」
「そうそう、ウーアさん。きょうび目立ったいざこざもないし、いつものお決まり戦闘訓練ばっかりじゃ、身体はよくても頭がなまるだろ。と言うわけで新規分野開拓、行ってみよう」
「へ~い」
隊長に似たのばっかり、もさもさむきむき巨漢のエノ傭兵主力部隊はそれで天幕をぞろぞろ出て、岩家の手前に行った。
「ほんじゃあ、着いた先からどんどん運び出して……この辺一列でいくか、ばけつ渡し方式で~」
小山のような男たちが列に並びだす。
「ウーディク。中の準備、いいかよー?」
パスクアはドルメンの出入り口から、内部に向かって聞いた。持ち込んだ手燭がいくつか床に置かれて、中は煌々と明るいほどである。
「……ウーディク?」
岩の家の真ん中。そこにひとつ手燭を持って、立ち尽くしている若き幹部の背中にむけて、パスクアはもう一度声をかけた。なにか変だ。
くるり、おもしろ顔が振り向く。
「パスクアさん。……ちょっと、ここ」
「何だよ、また死体でもめっかったか」
「じゃなくって。床」
はっ、とパスクアは踏み込んだその足先を見る。
マグ・イーレ騎士の残したものは、全て取り除いて焼いてあった。以来、この岩家の中は空っぽがらんどうで、むしろ広々としていたはずだ。つい昨日、ウーディクと石を詰め込む前の確認にやってきて、そう思っていたばかりだったのに……。
「げえ。また、これー?」
あの、ねとねと気色悪い黒い苔が、床の左側ほぼ一面にはびこっているではないか。デリアドの坊ちゃん副騎士団長たちは、何と呼んでいたっけ……黒霧茸? つまりは苔でなくってきのこなのだが、どっちみちおぞましいことに変わりはない。
「よく見て下さいよ。……俺は入った時、きのこの生えてない右側ふんで来たんす。でも、……きのこの上」
パスクアが目をこらすと、厚く茂ったきのこの層に、穴がいくつか空いていた。それが等間隔につづいている……。
「足跡?」
「やたらでかい足っすよ。で、向きがここの奥からそっち、出口に続いてんの」
パスクアは床に置かれた手燭の灯りのもと、目を細めてその妙な足跡を見つめた。
「ここの奥の石の中から誰かがいきなり出て来て、外へ歩いてった、みたいな感じがしないっすか?」
「……」
たしかに、そう見えないこともない。が……。
パスクアは頬に切れ込んだ山賊ひげをゆがめて、苦笑した。
「いやー、違うだろ。朝番の見回りのやつが、生えてない側を歩いて入ってから、出てったんだろうよ。つうかもう石材来たんだ、お前も早よ出ろ」
「んー」
えっさー、ほいさ。
停められたろば荷車の中から、一列に並んだ傭兵たちの手を渡って、次々に石が運ばれてくる。
「んじゃあパスクアさん、一番奥から投げ込みますねえ」
「ああ。どんどんやっちまって」
入って来た傭兵数人が、抱えてきた石をどさどさと奥に積み上げていく。
「よーし皆、どんどん運べー。送れー」
「そこの角へ」
「もうちょっと右に詰めよう」
さすが主力部隊の筋肉、重い石がすごい速さで積まれて行く。手燭を持って指示を飛ばしているウーディクとパスクアの目にも、奥の壁石がどんどんと見えなくなっていった。
やがて黒いきのこのはびこる床も、次第に石にふさがれていく。手前にあった大きな足跡が、ぺしゃりと平石の下敷きになってつぶれ消えた時、ウーディクはどうにも奇妙な感覚をおぼえた。
――ほんと、おっかしいよな? 俺の足より半分よけいにでかい足跡だ、ウーアよりでっけえよ。こんなでかい足をしたやつなんて、東でもイリーでも見たことねえ……。んだけど、いや? どっかで見たぞ。そこではそれが普通と聞いて、たまげたことだけ憶えてる。どこだっけかな~、俺の記憶力も平和ぼけしたんかな。
「はっ!!」
「なんだよ」
急におもしろ声で叫んだウーディクに、パスクアが怪訝そうな顔をむけた。ひょうきんな調子でもウーディク本人は真面目に緊張していることがあるから、周囲の者は判別にまよう。
「そっかあ、……ティルムンの砂靴だ!」
「は~??」
「ほらパスクアさん。ティルムンじゃ町とかの周りにも森がなくって、砂ばっかりざらざらしてるじゃないっすか。だからティルムン軍人は砂の入りにくい、つまさきが動物の前脚っつうか……ひれみたいな感じにぺらっとしてる、かさましの長靴履いてるんすよ」
おもしろ顔のエノ軍幹部は、実はこれで何度も西の文明発祥地へ赴いた経験がある。≪白き沙漠≫に囲まれた、水緑帯の上の都市ティルムン……。
「そういう靴で砂の上を歩くと、ちょうどこんな感じにでっかい足跡ができるんすよ! 実際には俺くらいの足なんすけど」
「……お前の連れてきたティルムンおばちゃん達が、間違えてここに入ったんか?」
「いーや。おねえさん達はしぼんでしなびてもおしゃれ女子だから、こっちじゃ普通のイリー長靴はいてるっすよ。第一、女の人じゃここまででかい足跡にはならないし」
「じゃあ何……。ゆうべきのこが生えた時に、ティルムン軍人が奥の壁から出て来て、外に行ったっつうのか?」
エノ軍もと二枚目幹部は、翠の切れ長瞳をぎゅうとせばめ、ふたたび苦笑した。
「さすがに無理がないか? それは」
「うん。言ってて俺もまゆつば感じるっすね。あり得ねぇ」
「……あほくさ。ここではもう散々変なことがあったんだから、これ以上は要らないよ……。おーい、そっちもう少し詰めて積んでなー」
ウーディクもおもしろ顔を振った。足跡のでかさは気になるが、……本当に突拍子もなさすぎる。かさばり長靴をはいているのはティルムン軍の正規兵士、すなわち理術士。西の魔術師がこんなところに出るわけないのだ。
最悪の予想をするなら、マグ・イーレの理術士が単独忍び込んで工作に来た、という可能性がある。しかし遺骨収集にやってきた時は、杖と術士帽以外はイリーのものをつけていた……靴なんて消耗品、彼らはこちらイリーに来てもう十年になるはずだ。そんなに長く履き続けられるわけはないだろう。というわけでウーディクは、マグ・イーレ偵察説を杞憂と切り捨てた。
――さまよえるティルムン人……なーんちゃって、な~。
「それこそ、おばけと道連れだったんじゃねぇの。そいつ……」
きゅっと肩をすくめて、ウーディクは低く口の中でつぶやく。手燭をかかげて気を取り直し、石の積み具合を確認していった。
大盾部隊は優秀である。
この日のうちに、岩家の中には荷車八台分の石がぱんぱんに詰められて、人っ子ひとり入れない頑丈な封印ができあがった。
そう。生きているものに対しての扉は、完全に閉ざされたのである。
Thiocfaidís anseo arís.




