【完】エピローグ:皆様、デリアドでの再会をお待ちしております
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明けてイリー暦201年。
寒さのひときわ厳しい、銀月のある朝だった。
デリアド市庁舎では窓口衝立から板が外され、一般受付が始まってまだ間もない。その市民課、大室の扉をくぐってきた黄土色姿の二人がいた。
「あっ、カヘル侯! お早うございます」
長台の向こうで、持ち場につきかけていた中年の文官騎士がすぐに気づいた。
「何かお調べものですか?」
副騎士団長が来庁するのは珍しいことではない。むしろ事件捜査や調査のためにしょっちゅう来ているから、この市民課長は驚かなかった。
「いえ、届け出に参りました」
冷やッとした声でカヘルは答える。その脇ひょいっと、騎士作業衣姿の女性が書類を一葉さしだす。
「おや、地勢課のファイー侯??」
「もう全部記入してきましたので、確認と受理をお願いします」
ファイーにぴしッと言われ、市民課長はきょとんとして、手渡された筆記布に目を落とす。
ぎょろおおおッ、と彼はその目をいっぱいに見開いたッ!!
ごくッ。
くらくらするようだが、夢とか妄想ではない。精霊のまやかしが市庁舎におよぶはずもないッ。市民課長は何とか気合で意識をたて直す、やがて声を絞り出した!
「……ザイーヴ・ニ・ファイー侯とぉぉッッ」
「はい、本官です」
「キリアン・ナ・カヘル侯ー!!」
「はい、私です」
「記載のご住所が、ふたつとなっておりますがぁぁぁ!?」
課長の震えっぷりに気付いて、周りの職員がそうっと背後に寄ってきた。寄って、書類をのぞきこんで、みな次々に息をのむ! ふがッ、ほごッ!?
「はい。双方、現住所維持の別居ですので。問題はないはずですが?」
「ございませんッッ、ファイー侯ぉぉ」
そう! 問題はないが、衝撃がありまくりなのである!
「本人確認をどうぞ。身分証です」
カヘルとファイーはほぼ同時、並んですちゃッと皮紙を手中に掲げた。
どちらも三度目だ。どういう手順で何を提出するのかなんて、慣れっこなのである。
「いや、と言うかどちらもよく存じ上げておりますしッッ。これにて婚姻届を受理、とさせていただきます! ご成婚おめでとうございまーす!!」
「おめでとうございまーす!!」
歴史的瞬間に立ち会ってしまった市職員たちが、課長の後ろで合唱した。
――デリアド副騎士団長が……市庁舎の地勢課文官とぉ~~!?
それに応えて新郎新婦は、冷やぴしと笑わぬ真面目な顔でうんうんとうなづく。
くるっとまわれ右をして、しゃかしゃかと出て行きかけ――たところで、女性文官が長台の市民課長の前に戻ってきた。
「すみません、市民課長。これより出張ゆえ、受理控えを取りに来るのは少し先になりますので」
「は、はい~??」
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「皆さん、お待たせしました」
市庁舎の裏出入口に佇んでいたプローメル、バンクラーナ、ローディア、ノスコがしゃかしゃか速足で歩いて来るカヘルとファイーにうなづく。
速度をゆるめない副団長と女性文官、その脇さらッと直属部下、側近と衛生文官が寄り添いついてゆく。
「それではこのままデリアド岬の突端、≪灯台守≫と呼ばれる巨立石のある事件現場へ直行します」
ぎりッと冷たい寒気の中に、カヘルの吐く息がさえざえと白い。
「東域第五分団の管轄とは言え、辺境も辺境、地の果てです。担当はやはり、またシウラーン侯でしょうかね? カヘル侯」
「そもそも出動準要請をしてきたのがシウラーン侯当人です。来ますよ、プローメル侯」
「けれど、浜辺に流れ着いたのは人間ではなくって、あざらしなのでしょう? 私はあざらしの解剖をしたことはないのですが、大丈夫だろうか……」
「何だい、ノスコ侯らしくもない。もも色みかんで何とかなるよ」
「ふあッ、そうですね! ローディア侯ッ」
「それに、あざらしの死体が東から西還海流に乗って来たことは間違いありません。仮にベアルサ一味がこの流れを海路としてデリアド到達に利用しているのなら、見逃せませんよ」
「ファイー侯の言う通りだ。きゃつらがどんな小細工を仕掛けようとも、我々が看破してやろうじゃないか……。今回も、いい仕事するぜ」
「ええ。よろしくお願いしますよ、バンクラーナ侯」
冷えわたった空気は、しかし澄んでいた。
乾いたデリアドの冬、広い空からは真っ直ぐに光が降りている。
氷のようなうす青い空の下に黄土色外套をひらめかせて、カヘルと彼の騎士たちは凍れる石だたみを力強く踏んでゆく。
カヘルはちらりと、隣を見やる。青い磯織り布をきっちり高めに首に巻いたファイーが、さらに深い青の瞳でびしーッとカヘルを見返してきた。
副団長としてはこの叡智圧を、いつもいつまでも喰らっていたいのである。
自分の中の自然に従うことをちょっとだけ学んだ我らがデリアド副騎士団長は、自らもぎーんと冷えひえ眼光で、あまりに貴重な女性の視線を受け止めた。
――ああ……。結婚しても、やっぱりこの調子なんだぁ? この二人は……。
カヘルのすぐ後ろ、もじゃふかとした栗色のひげ髪もろもろの中で、側近ローディアはこっそり苦笑した。
それでも彼にはわかっている。カヘルの背中には今、生あたたかい幸せが確かに広がっている!
黄土色の騎士外套下に提げたいぼいぼ戦棍だって、心もち軽やかに弾んでいるではないか。
ここはデリアド。その名も≪永き樫の森≫。
かの地を護る黄土色衣の騎士らに、黒羽の女神の加護のあらんことを。
そして我らが冷えひえ若侯、デリアド副騎士団長キリアン・ナ・カヘルに栄えあれかし!
「もも色、みかーんッッ」
「うん、もういいからね~! ノスコ侯」
【完】※おまけがあります♪
(あとがき)
皆さまこんにちは、作者の門戸でございます。
カヘル侯シリーズはこちらにて完結、読んで触れて下さった皆さまに心からお礼を申し上げます!
ページ下部分にて、ご評価などいただければ幸いです。
〇 〇 〇
「巨石記念物」でコージーミステリー、というテーマで書き通した本シリーズ。最後はドルメンでしめまして、大団円となりました。
シリーズ完結、とはいたしましたものの……。
私の場合、あらたなる巨石記念物とともに、また別の物語に出会う気がいたします。その時はその時で考えるとして、カヘル侯のお話はこれにてひと区切りと言うことで。
ここまでお付き合いいただいた皆様、本当にありがとうございました。
デリアドにて、また別の場所にて、ふたたびお会いできる機会を楽しみにお待ちしております。
ついでに明日の朝からは新連載も始まりますので、チェックしていただけると嬉しいです!
それでは皆さま、ごきげんよう~。
♪かっ飛ばせ~、♪♪カ・ヘ・ル~~!!
(門戸)




