旅のしおり配布会議
「調査地テルポシエには、デリアド副騎士団長・カヘル侯が同行します」
ニアヴに呼ばれたカヘルは、立ち上がって騎士礼をし着席する。デリアド副騎士団長の参加については、あらかじめ話が通っていたのだろう。遺族らが驚くような気配はなかった。ニアヴが続ける。
「戦没者の中には、デリアドに親戚のいらした方もおられます。その遺族代表と言う形で、カヘル侯に参加していただくことになりました。第三国の監視の目として、テルポシエ側への牽制になるという意味も大いにあります」
正妃の補足説明に、居並ぶ遺族の騎士らは小さくうなづいて納得を示した。
腐っても好敵手どうし、≪東の雄≫テルポシエと≪西の雄≫マグ・イーレの間には、常にきな臭い緊張が存在する。ここにデリアド副騎士団長のカヘル、第三者を差し挟むことで、両者がつまらない衝突を起こすのを回避させようと言う、ニアヴの意図は誰にとっても明らかであった。
「それでは次に、参加される各人の名前を呼んで、最終確認をとらせていただきます。ポーム侯、どうぞ」
ニアヴの後ろにいた秘書騎士が立ち上がり、手中の名簿と照らし合わせて点呼を始める。参加者の最終確認と、遺族当人どうしの紹介を兼ねているらしい。
「ご子息のシルウェール若侯を迎えにゆかれる、プランキ老侯」
「はい。自分が参ります」
老年、中年の騎士らが次々に呼ばれて立ち上がっていった。故人ひとりにつき、一人か二人の遺族が赴く。故人の父親が多いが、娘婿や甥を迎えにゆくという者もいる。
「……モーラン・ナ・カオーヴ若侯を迎えにゆかれるのは、お父上のカオーヴ老侯。そしてデリアドからご参加の、ザイーヴ・ニ・ファイー侯ですね」
おじらしき老騎士と一緒にファイーが立ち上がった時、多くのマグ・イーレ騎士らが目を丸くしているのを、カヘルはすかさず見てとった。背に国章の映える黄土色のデリアド騎士作業衣を着た女性を見て、みな驚いたに違いない。
秘書騎士、ポーム侯の点呼は続いてゆく。
死亡した三名の傭兵隊員には、身寄りがなかった。そこで当時の同僚代表として、ハナン傭兵隊長が参加する。顔の半分を毛で覆われた男が、広間後方の隅に立ち上がり、頭のてっぺんの団子髪をもしゃもしゃ揺らして挨拶をした。
最後にその隣、長い杖を持った壮年男性がひょろっと立ち上がる。ニアヴが言葉を添えた。
「戦死された元ティルムン軍第六十三隊長、ティウゲーン・セイボ前隊長とエンドレア・ナンボ隊員のため、現マグ・イーレ理術士隊長のビエングイン・ファランボ隊長が同行します」
「よろしゅう、お願いしますー」
壮年の理術士は、はんなり穏やかに頭を下げた。先月、難事件に直面したカヘルの援助要請に応えて、こころよくデリアドまで来てくれた人物である。
「ハナン傭兵隊長とファランボ理術士隊長を含め、遺族の方は以上二十四名ですね。さらにミガロ侯以下の騎士隊が十三名、補佐をする文官三名、そしてデリアドのカヘル侯ご一行の五名で、計四十五名。また、加えて民間の識者三名が付き添いますので、総勢四十八名の調査団として、行動していただきます」
ポーム侯の読み上げを聞いて、カヘルは内心で少々多いなと感じた。
――四十八名か。うち十三名はオーラン待機となるから、実際にテルポシエ入りするのは三十五名。何らかのいざこざが起こった際に、守り切れるだろうか?
瞬時いぶかしんだ後に、デリアド副騎士団長は考え直す。
――いいや。一般市民の集団ではない。文官が混じってはいるが、大方は引退した騎士や現役の老侯たちだ。しかも傭兵隊長に理術士もいる。武力守備力に関して、全く遜色はない。万が一、テルポシエ側が血迷って襲い掛かってきたとしても、返り討ちにしてオーランまで撤退するのはたやすかろう。気をつけて保護すべきと言うのは……識者とか言う民間人だけだ。
カヘルの後方、壁とローディアのかさばる体躯に圧迫されつつあるプローメルとバンクラーナも、視線をかわしてカヘル同様の考察をしている。
――と言うか、この調査団。むしろ一個隊だよな、バンクラーナ?
――だね。いぶし銀部隊だよ、立ち向かってくるあほうはそうそういないさ。
それにしても、≪識者≫とは何か。戦史を記録している歴史研究家だろうか。ならばファイーの専門域にやや近いかもしれない、と副団長は冷やっこい胸の隅で思う。
――ザイーヴさんは、歴史や考古の専門家と文通しているらしいではないか。その手の学者と交流することで、遺骨と対面する旅の辛さを紛らわせることができるやもしれぬ。うむ、専門家は歓迎しよう。
「え~。それでは次に、日程と旅程の詳細について確認していきます。皆さま、お手元の【旅のしおり】をご覧ください……」
ポーム侯の声に促され、一同はごそごそ・もそもそと下を向いた……。