冷えひえカヘル侯のドルメン事件まとめ(下)
「……もう一つ、シトロ侯の死亡状況に関して。本官に仮説があります」
ファイーが、低くぴしりと言った。それがいつもの叡智圧のきいたびしびし調だったから、カヘルも隣のローディアも、身構えることなく女性文官に向かってうなづいた。何か学術面からの指摘だろうか、≪巨石記念物≫専門家のファイーなのだから。
「シトロ侯がドルメン内に入った時、そこは異様に暖かかった。これはつまり、ドルメン内部の扉が開いていたからではないでしょうか?」
女性文官の言葉に、一同はしんと静まり返る。
「文字通り、≪丘の向こう≫へとつながる通路が開いていた。そこから流れ出た空気が、ドルメンの中に淀んでいたのです。空気だけではなく、別のものをもシトロ侯は見聞きしていたのかもしれない」
ファイーの横で、カオーヴ老侯が首をかしげる。
「……シトロ侯はモーランを見た、と言うことか? ザイーヴちゃん」
「いいえ、おじさん。わたしはモーランに呼ばれて通路をくぐりましたが、恐らく関係なかったから見えなかっただけで、あそこには他のひとたちもいると思うのですよ」
「やばい。俺、めっちゃ怖くなってきたんすけど」
ひげと頭頂の髪団子をひくひく震わせて、ハナン傭兵隊長がうめいた。
「……シトロ侯の前に、その亡き妻が会いに来たのだと。そう言いたいのですか、ファイー侯……?」
顔の輪郭を少々波立たせながらも、威厳を保ってマグ・イーレ王がたずねる。冷々淡々、顔色を変えぬカヘルの隣でローディアがもしゃっと巨躯を震わせた。
「はい。……暗闇の中、ずっと前に病死したはずの妻の声を聞けば。特に心の臓が悪くなくても、十分に動悸が激しくなると思います。何が何でも、薬を飲むのではないでしょうか」
その場合、シトロは呼ばれるべくして妻に呼ばれ、≪丘の向こう≫に連れてゆかれた、と言うことになる。
一同、胃の腑にひんやりしたものを感じた。
しかし生来が冷えひえなる我らがデリアド副騎士団長は、そこからの気の取り直しも速い。
「と言うことで、以上がドルメン殺人事件の推測概要となります。最後にもう一つ、この熊笛をどう処理するかが問題ですが」
しゃらっと鎖を持ち上げて、カヘルは平らかに言った。
パスクアには、駐屯地のガーティンロー人に託すとは言ったものの、シトロのことをよく知っている現ガーティンロー騎士隊長に渡すのはいかがなものだろうか。その辺に捨てるのも気分が悪い。
ほぁッ、とマグ・イーレ王がひらめき顔になった。
「そうだッ、カヘル侯! どうせ帰り道に寄るのだし、もうガーティンロー本国まで持って行ったら!? ほら、フリガン侯ならこういう込み入った問題まで、全部のみこんで最善のやり方でおさめてくれるんじゃないでしょうかね?」
ぷよッ!!
カヘルの脳裏に、ガーティンロー市職員のまろやかな顔が思い出される。そうだ、信頼できるあの賢い文官になら。
「先生の仰る通りです。ベッカ・ナ・フリガン侯に託しましょう」
カヘルが熊笛をさかさか手巾に包み直したところで、ひょろひょろッとした姿が宿舎扉のほうからやってきた。
「いま、ベッカさんの話してましたかー?」




