冷えひえカヘル侯のドルメン事件まとめ(中)
テルポシエにて遺骨調査団の一行に合流する前、けさオーラン市内の薬種商から入手した衝撃の事実について、衛生文官ノスコは滔滔、堂々と語った。
傭兵隊長ハナンと理術士ファランボは顔をしかめる。
「え~~? それじゃつまり、シトロ侯があそこで死んでたのは……」
「奥さんによる、三年越しの殺人やったっちゅうことですかー??」
「断定はできませんが、この熊笛がその可能性を如実に示しています」
カヘルはかくしの底から、手巾の包みを取り出して開く。中には、あの赤い七宝細工の熊笛があった。
パスクアに託された鎖付きのふた部分が、今は筒状の本体に取り付けられている。
「この笛のふたは、ねじ式に回して取り外しができる仕様になっています。意図して開けなければ、外れることはまずありません。シトロ侯が死の間際、首に提げたままの熊笛に触れて開けた、と考えるのが自然でしょう」
カヘルは次いで、自前の捜査用手袋も出してはめた。くるッとふたをつまんで開け、細い筒のような熊笛本体の内側を、正面に座るランダルやファランボたちに向けて見せる。
「ノスコ侯が初めに指摘したように、この笛は携帯容器としても利用できます。非常時に備えて、丸薬を持ち歩くには最適と言えます」
「……あの店の丸薬なら、三つあるいは四粒が入る大きさです!」
ノスコがうなづきながら言い添えた。
「つまり致死量の蘭油……、蘭毒を入れることが可能なのです!」
「あのー、では状況としてはこういうことでしょうか……? 三日前の夜、カヘル侯に接触した後、シトロ侯はテルポシエへ向かい、おそらくは市内にてベアルサ一味と会った……。その帰り道に雨を避けて、墓地のドルメン内に身を寄せた、と」
もじゃもじゃとまとめ始めた隣のローディアを見上げて、カヘルは冷やっこくうなづいた。
冷たい雨に打たれた後、異様に暖かいドルメン内に入ったことで、シトロの身体は変調をきたしたとみられる。久々に激しい動悸を聞いて、シトロは携帯していた強心薬を飲んだ。熊笛を開け、筒の中に入れていた丸薬を確かめもせずにあおり……。蘭毒の作用で、即死した。
今となっては確かめようもなく、また証拠もない。しかし熊笛がふたと本体とに分かれていたこと、さらにノスコがシトロの死臭を感じなかった理由を説明するには、蘭毒服用死の可能性が最も現実的にあてはまるのだ。
「……シトロ侯自身が意図的に服毒した、という可能性は低いのですよね?」
王の横から、ロランがそうっとカヘルに問う。推理ものの本は大好きでよく仕入れているが、自分の目の前で本当に事件が起こってしまったことにびびっている古書店主である。
「ええ、そうですね。あり得ないとは言えませんが、長年の願望が実現しかけている頃合で自死する、と言うのは考えにくいですから」
カヘルが淡々と答えた時、プローメルが腕組みをほどいて頭を振った。しぶい。
「それにしても。シトロ侯夫人は一体なぜ、そういう心境に到ったのだろうか……?」
健康を害していたと言うが、その元凶を作ったのは夫のシトロ侯とその野望だ。夫について異国に長く駐在するだけでも大変なのに、あわせて小者のように扱われ、毎日港に立たされた。夫人は早くガーティンローに帰りたかったのかもしれないが、一人で帰国するのもままならない。そして夫は次第に職場窓際へと追いやられ、定年退役を前にしても野望達成のためにオーランに残るつもりでいる。永久に帰国できそうにないことを悲観して、夫人は心身を病んでしまったとも考えられた。
「あるいはシトロ侯夫人が、正義感の強い人だったなら。イリー諸国にそむく行いをしている夫を止めるため、なりふり構わずにおかした殺人だったのかもしれません」
ランダルの言葉に、カヘルはなるほどと思った。確かにシトロのしていたことは、彼の祖国ガーティンロー、および全イリーに対する謀反である。病死と見せかけ心中を決行することで、シトロ侯夫人は夫の裏切りを明るみに出すことなく、防ごうとしていたのかもしれない。
「……もう一つ、シトロ侯の死亡状況に関して。本官に仮説があります」
ファイーが、低くぴしりと言った。




