冷えひえカヘル侯のドルメン事件まとめ(上)
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「いやはや、実に奇妙な三日間でした。本当にもう、ほねほね怪物どもが出てきた時は、どうなっちゃうのかと思いましたけど……」
夕刻のオーラン、イリー混成軍駐屯基地内。ここはデリアド騎士隊宿舎の給湯室まわりである。
廊下壁際に向かい合って置かれた長床几に、カヘル配下とノスコ、ファイーがぞろっと並んで座っていた。その黄土色衣の面々に向かって、ランダルは言う。
「結局テルポシエ側からは、はっきりとした説明のないままに帰営となりましたね」
「やはりまた、害獣の異常発生として終わらせるつもりなんじゃないでしょうか」
「駆除にご協力いただき感謝申し上げますと、相変わらずの和平路線でお礼が届くやもしれません」
ローディア左脇に座るプローメルと、その正面にいるバンクラーナとが、ランダルの言葉を継いで言った。
「テルポシエ側は、あの骨の怪物の正体に気付いていると思われますか? 先生」
もじゃもじゃ側近の横、カヘルが冷やりと正面のランダルに問う。カヘルとファイーはドルメン内部での怪異体験について、すでに詳しくマグ・イーレ王に伝えていた。いかにも識者向けの話と判断したからである。
「うーん、どうなんでしょうね。まあエノ軍首領は精霊使い、そっち系の話はお手のものでわかっているのかもしれないけれど……。どっちみち平傭兵だとか、一般市民には知られていないと思います。今回一緒にいた幹部級でも、知らされていなかった可能性はありますよ」
191年の戦役で亡くなった人間の身体は、九年後の今春、再出現した赤い巨人によって骨の怪物に変えられていたらしい……。
死亡した従兄本人、ゆうれいの語った話をファイーの口から聞いた一同は、凍りつき言葉を失ったのだった。
情報源もその話のなかみも、どちらも壮絶でしかない。
「これを情報としてどう扱うか、私はマグ・イーレに帰還後ニアヴさんたちにゆだねる所存です。皆さんも、ゆめゆめ他の人たちに話してはいけません。カオーヴ老侯も辛いでしょうけど、口外厳禁でよろしく頼みますよ?」
「あー、儂は大丈夫ですぞ。倅のたましいがそのまんま元気と知って、むしろ肩が軽くなりましたなー」
カヘルの右に座るファイーが、さらにその横の伯父を見上げたが、老人は目を細めて微笑を顔にたたえていた。
息子の亡霊の話など聞かせて、卒倒されないだろうかとカヘルは危ぶんだのである。しかしモーラン・ナ・カオーヴ若侯の話をファイーから聞いた老侯は、むしろ嬉しそうだった。
自分は老い先の短いぶん、そんなに遠くない未来に息子と楽しく再会できるだろう、と驚くばかりの楽天的発想で微笑んでいるのだ。遺品は何ひとつ見つけられなかったものの、ファイーの体験談がカオーヴ老侯を喜ばせていた。
「とにかく表面上、今回の遺骨収集はテルポシエとの衝突なしに穏便に済んだわけですからね。起こったことの色々は、帰国するまでめいめい胸の内にしまっておきましょう。……と言っても、ことの発端だったシトロ侯の遺体発見については、実に奇妙な事件でした」
「この殺人事件。カヘル侯がドルメン内で熊笛を拾わず、プローメル侯が旧シトロ邸でつけもの壺を発見しなければ、事故で済んでいたはずでしたッ」
カオーヴ老侯の隣、長床几の右端に座っていたもやし衛生文官が、身を乗り出しながら言った。
「え? あれって殺人事件だったの?」
「何や、私いまいちわかってへんのですけど……」
ノスコの正面あたりに座している、ハナン傭兵隊長とファランボ理術士が困惑の声を上げる。
衛生文官はきりっとした顔つきで、二人にうなづいた。
その顔、首、よく見れば両手にも、所せましとべたべた軍用ばんそうこうが貼られている。薄く切ったらしい額には白布が巻かれて、がんばり中の運動選手のようだ。
今回から武闘派に転向して(※本人談)、動く奇跡の骨格ども相手に大胆なる寝技をお見舞いしまくった結果、ノスコは擦り傷だらけなのである。
負傷したマグ・イーレ騎士達やエノ傭兵らの手当てをしている時は全く気付かなかったが、実は衛生文官自身の総合傷面積が誰よりも広かった。ちなみに衣類の下は打ち身あざだらけ、明日になれば筋肉痛もひどかろう。いてて。
「あのー……ノスコ侯。見てて痛々しいのですけど、きみ安静にしていなくて大丈夫なの?」
「ふッ、先生。名誉の負傷と言うやつです、浅いのばっかりで大したことはありません」
「でもあごの辺りとか、赤いぷつぷつがいっぱいですよ……。悪い気にでも当てられたのでは?」
控えめな態度で、ロランも穏やかに心配している。荒ぶる蔵書目録は、すでに麻袋の奥底にしまわれ鎮まっていた。
「こちらは若さの勲章、にきび群なのですロランさん。ことの次第を、不肖イアルラ・ナ・ノスコがかいつまんでお話しいたしますと、……」
皆の注目を集めつつ、ノスコは今朝オーラン市内で入手した衝撃の事実について話し始めた。……




