側近ローディアの慟哭
・ ・ ・ ・ ・
「カヘル侯ぉぉぉ」
もう何度目なのだか、ローディアは悲痛の限りを声に込めて叫んでいた。
ほんのちょっと前のこと……。カヘルの後に続いて、ドルメンの暗がりの中に足を踏み入れた。その目の前でファイーと、そしてカヘルの後ろ姿が消えてしまったのだ。
いちばん奥にある壁石の中へ、まるで融け込んでゆくように……!
「えっ、えええっ?」
一瞬たって我に返ると、側近は慌てて後を追った。もじゃ、びたんッ!
「うわたっっっ」
当たり前だがローディアは石の表面に激突し、ひっくり返って地面に尻もちをついてしまう。
「そ、そんなぁ……。カヘル侯、どこですかーっ!? ファイー侯ぉぉぉ」
両手のひらでもじゃもじゃと巨石のあちこちを探ってみるが、二人が消えた穴のようなものは見つからない。
異変を察知して引き返してきたランダル一行に話をするうち、ローディアは動揺していった。そしてとうとう、恐慌を抑えきれなくなったのである。
「うわーん、カヘル侯ぉー!!」
最深部の壁石にぴとり・もじゃり、と巨躯を貼り付けて、上司を呼びながら泣いている。
「巨人のところへ、行っちゃだめですーッッッ。副団長ぉぉぉぉ!」
「ロ、ローディア侯……どうどう、……ってどうしようパンダル!?」
「ううむ……いかん。これは有事だ、一大事だ。残してはゆけないぞ。ちょっとハナンさんッ」
護衛ブランが、携帯式の松明を灯す。ドルメンのうす暗がりの中でマグ・イーレ王ランダルは、深刻な表情を傭兵隊長に向けた。
「へい、先生?」
「このドルメンの裏手一帯をまわって、カヘル侯とファイー侯を探して下さい。見つからなければ天幕へ行って、プローメル侯とバンクラーナ侯を連れてくるのです」
「へいッ」
次いで王は、三人のマグ・イーレ文官を見た。
「天幕へ行って、テルポシエ側の医療班が到着したらこちらに一人、まわしてもらって下さい。エノ軍医は負傷者手当を優先するだろうから、それ以外で手の空いてそうな人をね」
「はッ」
三人のうち二人の文官が、雨中を駆けて行った。王は溜息をついてローディアの傍らに寄ると、古書店主と同様に、カヘル側近のごっつい肩に手のひらを置く。
「ひーん。副団長ぉぉー」
「大丈夫ですよ、ローディア侯。あなたの副団長は、必ず帰って来ますよ」
――平生あんなに優秀で安定しているこの人が、こんなに取り乱してしまうだなんて……。まぁ、化け物大群に囲まれて斬り合った後に、いつもついて行ってるカヘル副団長が行方不明となったのだから……無理もないか。にしてもカヘル君、この取り込み沙汰に一体どこへ消えてしまったのだろう?
カヘルとファイーがドルメンの壁の奥へ消えてしまった、というローディアの目撃談を、もちろんマグ・イーレ王は信じていない。すでにおかしな状態に陥ってしまっていたローディアが、まぼろしを見たのだと思っている。心身負荷の激しい時にはよくあることだ、――とそこまで考えて、はたとランダルは思い出した。
「パンダル。僕ら同じ類型の話を、最近聞いたばっかりじゃないか」
側近騎士のもりもりした腕をなだめさすりながら、古書店主ロランが低く言った。
さすが長年の心の友どうし、同じ頃合で記憶が浮かぶようになっているらしい。
「旅の始まりで、ファランボさんが話してくれたティルムンの物語。≪石冠の丘≫……。丘のふもとの岩扉に入っていった男は、……」
≪岩家の扉をくぐった男は、二度と還ってこなかった。≫……話のあらすじを、ロランは最後まで言うことができない。マグ・イーレ王は、目じりのしわを濃くして苦悩する。
――そうだ、確かにあの物語の舞台は……。環状列石を頂に載せた、墳丘と思われる大規模な巨石記念物。主人公がくぐっていったのは、そのふもとに突出していたドルメン……! つまり! はっきり! ここと、ぶっちぎり同じ構成なのですよッ!
偶然、ではない。ファランボ理術士の語った物語が、いま現実としてランダルの前に起こった……。同じ条件、同じ環境を通して、遥かな土地・遥かな時代の旧い物語が、再話されたのだ。その可能性に突き当たって、ランダルは震撼した。
王は唇を噛みしめ、ローディアの肩にのせた手のひらに力を込める。
――そんな、まさかカヘル君……。冷えひえなる君が、物語の領域へ行ってしまうだなんてことは!!




