いきどまり
「モーランなのか。……そこにいるのか、モーラン?!」
『俺だよ、ザイーヴ』
ファイーの顔の手前に浮かぶ光の球は、じわりと少し膨らんだらしい。鶏の卵くらいだったのが、こぶし大になった。
「……会いたかったよ」
低くかすれる声で、ファイーが言った。
『俺もだよ。けどこんなとこまで来るなんて、お前はほんとに根性がすわってるなぁ』
典型的なマグ・イーレ抑揚で、男の声は朗らかに話している。
しかしその声の主、本人はいったいどこに潜んでいるのだろう、とカヘルはひそかに視線をめぐらせた。
「根性もちはモーランじゃないか。死んでしまったとばかり思っていたのに、こんな所に長いこと隠れ住んでいたなんて」
『あ、死んだよ? 俺』
素朴でなごやかな若い男の声が、ファイーの言葉にあっさり答えた。
『他のたくさんの皆と一緒に、赤い巨人の鍋ん中でつぶされたんだ。身体はそのままごったになって、どうも他の怪物つくるのに再利用されたらしいね。ひどい女神もいたもんだ』
「……」
絶句し、愕然としたファイーのそばに、カヘルは静かに一歩寄った。
『ただ俺は、どうしてもここの≪巨石記念物≫大集合が気になってたもんだからさぁ。このもよもよ状態になっちまった後、ひとつドルメンを見てやれってうろつき回っていたんだ。そうしたら、なんでか中に入れちゃったんだな』
「……」
『どうもね。身体をなくすと、自由に行き来ができるらしい。このドルメンは、イリーとべつの場所を結ぶ通路なんだ……。そうやって俺は向こう側の世界で、けっこう楽しくやっているから。ザイーヴは何も心配しなくって良いんだよ』
ファイーはおずおずと右手を上げて、光の球にさし入れた。その光はいかにも弱々しく、儚げに揺らめく。
「……モーランがいなくなってから、わたしはものすごく寂しくて悲しいんだ。モーラン、わたしもそっちへ行ってはいけないのか」
湿ったような声で言いながら、ファイーは一歩前方へ踏み出す。
ごうッ!!!
再び強い風が吹く、ファイーの短い髪が後ろへと流された。
『だめなんだ、ザイーヴ。止まれったら、……ちょっと、そこの方! 彼女を引き留めてッ』
ものすごく珍妙な気がしたが、カヘルは光るゆうれい玉に従って、ファイーの肩を後ろから両手で抑える。
『ザイーヴ。顔だけ上げて、よく見てみろ……。この先にあるのは、円環型の石室だ。行き止まりなんだよ』
「だから何だ!?」
怒ったような声で、ファイーは叫ぶ。カヘルの手のひらの下で、彼女の肩がぶるぶると震えていた。
『行き止まりは、いきどまり。息止まりなんだ……。ここを越えてしまったら、もといた世界での生をなくすことになる。デリアドへ生きて帰れなくなってしまうぞ』
「……それは要するに、死んでしまうということでしょうか?」
怪異に向かって、カヘルは冷えひえ真面目一徹に問うてみた。
『ええ、そうです。失礼ですが、ザイーヴの職場の方ですか?』
地味に常識的なゆうれいらしい。光の球とどう社交したらよいのだ、と内心でカヘルは戸惑う。しかしファイーが言葉を継いだ。
「モーラン。……こちらはデリアド副騎士団長キリアン・ナ・カヘル侯。人望あつく多忙なのに、わたしの巨石探求につき合ってくださる貴重な方だ」
『えー! それは貴重だ、大事にしなきゃいかんぞ。ザイーヴ』
光る球……ファイーの従兄のひとだまは、嬉しそうな声をあげる。
『応援してくれる人がいるのなら、ますますこっちに来ちゃだめだ。ザイーヴには、やるべきことがまだたくさん残っているんだろう?』
優しく説くような言い方だった。
この人……モーラン・ナ・カオーヴ若侯はマグ・イーレの正規騎士だったはずだが、口調だけ聞いていると教師のようだとカヘルには思える。学問を通して、世界の広さ深さを教えてくれる人々――。
『引き返すんだよ。ザイーヴ、もといた世界へ』
ファイーにとって、この従兄がどういう存在だったのか。震え続ける肩を通して、カヘルには何となくだが理解できた気がした。
だから思い切って、カヘルは口を出してみる。
「行かないでください。ザイーヴさん」
カヘル自身の手のひらも震えた……。それを押しとどめるために、力と心を込めた。
「私とともに、こちらにいて下さい。ザイーヴさん、どうか」
ファイーはうなだれて、……あふれた涙をこぶしでぬぐったらしい。その手でもう一度ひとだまに触れると、びしりと言った。
「ずっと後にまた会おう、モーラン。おじさん達にも、よろしく言っておくよ」
『ああ、ありがとう。また会える時まで元気でな。ザイーヴ』
足元に転がっていた松明を拾い上げると、ファイーはゆっくり踵を返した。
淡く光る従兄の魂に背を向ける。
カヘルはひとだまに騎士礼をして、ファイーの真横を歩き始めた……。その右手に、震える冷たい手が触れかける。
それを逃さずにしっかりと握りしめて、暗闇の中をキリアン・ナ・カヘルは進んで行った。
これまでに考えてきた用意周到な計画もろもろを背後に残し、ともに生きていきたいと思うファイーの悲しみに、ひたすら寄り添うことだけを思いながら。




