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突き当りの怪異

 


「どういう仕組みなのかわかりませんが、我々は今ドルメン内の開かれた扉・・・・・を通って、丘の内側を歩いているのではないでしょうか」


「こんなに長く、ですか?」



 カヘルの感覚では、たっぷり半愛里は歩いた気がする。



「ええ。この丘は≪丘砦ラース≫としてもイリー最大規模です。もともとが人工の≪巨石記念物≫である可能性を考えれば、≪積石塚ケルン≫を超えて≪墳丘テュミュルス≫なのかもしれない。それにしても、ここまで通路が長いものだとは……。おや?」



 ファイーが足を止めた。



「カヘル侯。見て下さい、ここの壁を」


「≪線刻≫ですね?」



 二人が並んで歩いていた、その果てしないような通路の壁面に、幾筋もの細い刻み跡が浮いている。



「すごい……、左右両面に、こんなにたくさん!」



 水に落とされた石の作る、波紋。それを思わせる線の彫刻が、そこから先に向かう全ての壁石表面に刻まれていた。



「何でしょう。渦巻の文様だろうか」



 デリアド東域で発見し、主君の元へ届けた≪王の石≫こと≪運命の石≫の表面にあった渦巻を思い出して、ちょっと違うだろうかとカヘルは考える。しかし何となく、どこかでもっと似たようなものを見た気がした――割と身近にあるもの。



「指紋にそっくりですね」


「はい?」


「犯罪者調書を作成する時に拇印を取りますが、それによく似ています」


「ああ。言われてみれば、本当に似ていますね」



 二人は再び、歩き出した。



「これは一体、何の表現なのでしょうか?」



 自分で言い出してから、両側の壁が立ち並ぶ拇印にしか見えなくなったカヘルが呟いた。



「何らかの物語を説明しているようには見えませんね」


「ええ」



 イリー各地には、彫刻家の手による物語彫りの壁や石なども存在する。多くは守護神・黒羽の女神像に付随するもので、順にみていけば何となくの物語がわかる流れになっていた。識字率が低く書物の読めない人の多い過疎地などでは、これらを補助として物語りの得意な人びとが口伝えの伝承を披露していることも多い。つまり物語彫りは、わかりやすさを第一としたものなのだ。ここの線刻のように、見れば見るほど不可解の中に落ち込んでゆくようなものとはまるで異なる。しいて言えば、それら黒羽の女神の功績をたたえる枠組みの装飾・・が、命を得て主人公におどり出たような印象をカヘルは感じていた。



「あるいは抽象的な装飾で、なにか神聖なものを讃えているのかも……。こんな表現を見たのは、わたしも初めてです」



 ファイーは歩きながら、ふっと天井部分を見上げたらしい。そのまま上方を見ながら歩いている。


 カヘルが松明たいまつを少し高めに掲げると、天井石は平らではなくなっていた。



「もりもりとした突起が出るように、人の手で加工してありますね」



 デリアドにはいくつか小さな鍾乳洞があり、カヘルも入って見たことがあった。そこの若い鍾乳石に、ここの天井突起は似ていないこともない。



「胎盤のようだな」



 低くうなるようなファイーのひとり言だったが、カヘルには意味がわからなかった。



「何ですか、それは?」


「ああ、母体にできるはらわたの一つです。子どもを載せる、このくらいのお盆のようなものです」



 自分の腹部中心部あたり、両手のひらでまるい環をつくってみせながら、ファイーは淡々と言った。



「……ご覧に、なったのですか?」


「ええ。子どもの後に出てくるので、自分のを何度も見ましたよ」



――女性と言うのは、生きながらにして自身のはらわたを見ることができるのかッッ!!



 震撼、副団長! 誰も教えてくれなかった衝撃の新事実に、カヘルは内心でびりびり圧倒されまくっている! 先ほど敵を蹴散らしてくれたファランボ理術士のあかい雷撃をくらったら、こんな感じなのかもしれない。いやしかし、驚かされるのは貴侯ひとりではないぞよ。キリアン・ナ・カヘル。



「カヘル侯……。あれはもしや、突き当りなのでは?」



 前方、確かに違う景色が見えてきた。どこまでも続くかのように思えた暗闇が薄らいでいる。


 カヘルとファイーは、どちらからともなく歩調を緩めた。


 それは確かに突き当りのように見える。通路の幅がぐっと広がって、まるい石室のようになっているらしい。手前で立ち止まってから、意を決したようにファイーがカヘルを見る。


 二人はうなづき合って、踏み込もうとした。その瞬間――。



 ごうううううううッ!!!



「!!」



 するどい風が、二人の身体を押した。



「あっ、松明たいまつが!」



 低い声でファイーが言う。そう、小さな炎は消えてしまった……しかし。


 驚いたようなファイーの顔。自分の方を向いている、女性文官のあご先で切り詰めた髪が、カヘルには見えるのだ。


 カヘルはあたりを見回した。


 闇の中、ファイーの顔すがたを浮かび上がらせている光源……。ぼんやりと二人の前に浮く、弱々しい白い光の球がカヘルの目に入る。



『だめだ、ザイーヴ』



 聞き慣れぬ男の声が、確かにカヘルの耳に響いた。



「……モーラン?」



 はっとした様子で、ファイーが光に向き直る。


 カヘルは腰の戦棍に右手をかけていたが、そのまま動かずにいた。冷ややかなる緊張が全身に満ちる。



――これは……。また別の、怪異?



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