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ひらかれた扉

 広くも狭くもない通廊をだいぶ長く歩いても、女性文官の手はカヘルの右手に触れなかった。


 そのファイーが、ふと思いついたように言う。



「ずいぶん暖かいと思いませんか?」


「ええ。湿気もある」



 暑いという程ではないが、石の通路の中は異様に暖かかった。乾燥の強いデリアド出身のカヘルとファイーには、湿気の高さもはっきりと重く感じられる。



「ここは暗いし、それこそ黒霧茸やかびがはびこるには、うってつけの場所かもしれません」


「……そう言えば」



 一日前、ドルメン内部でランダルと一緒に見た光景のことを、カヘルは思い出す。


 死体の発見された調査初日、床にびっしりと生えていた≪黒霧茸≫が、翌日枯れて消えていたこと。その速やかな盛衰の原因となったであろう、ドルメン内部の急激な空気の変調について。



「以前ザイーヴさんが、巨石記念物は周辺環境に何らかの作用影響を及ぼすことがある、と言っていたのを憶えていましたから。ザイーヴさんの言葉をそのまま、パンダル先生にも伝えたのです」



 周りに誰もいないのを良いことに、ファイーの個人名を堂々呼んではばからないカヘルである。



「そうでしたか。ではこの妙な空気も、ドルメンに由来しているのかもしれない。あるいはノクラーハの≪王の石≫のように、石じたいが特別な機能を有して、……む?」



 ぴしぴし言いかけたファイーの言葉が、疑問に立ち消えた。叡智の女性文官は、何かに気付いたらしい。



「カヘル侯。シトロ侯がドルメン内で死亡したのが、三日前の深夜です。黒霧茸は、シトロ侯がドルメン奥で死んだ後に繁茂しました」


「ええ、そうですね?」



 死体の足裏、靴底に茸を踏んだあとはなかったのだから、それは確実である。



「その翌々日にドルメン内部は乾燥し、黒霧茸は死滅していた――」


「何か、引っ掛かったのですか? ザイーヴさん」



 くるり、とカヘルはファイーを見た。女性文官の青い叡智圧の双眸が、松明たいまつあかりにきらめいている。



「いま我々がいる、この通路……。ここは三日前の深夜にも、外に向かって開いていた・・・・・のではないでしょうか?」


「?」



 どちらも歩調は緩めない。カヘルとファイーは、けっこうな速足で進んでいく。



「この湿気と温度なら、黒霧茸が繁るのに最適です。通路・・が開いてここの空気がドルメン内部にこもる時だけ、あの黒い茸が苔のようにはびこる。その後、通路が閉じて元通りの乾いた状態になると、しなびてしまう。それが繰り返されているのだとしたら……」


「ザイーヴさん。『通路が開く』とは……?」


「わたしはここに来た時、下に落ちたという感覚はありませんでした。突き当たるべき奥の壁石につき当たらず、ただそこにあった暗闇の中に踏み入っただけなのです。どういう仕組みなのかわかりませんが、我々は今ドルメン内の開かれた扉・・・・・を通って、丘の内側を歩いているのではないでしょうか」



 ファイーはその道の専門家らしく、平坦な口調で見解を述べただけだ。


 しかし女性文官が丘の内側・・・・を歩いていると言った時、一瞬カヘルの中の何かが震えた。デリアド副騎士団長とて人間、絶対的な未知への畏怖は持っている。



――丘の内側。……すなわち、丘の向こう・・・・・? ひとならざる存在、死せる者だけが踏み込めるという禁忌の領域に、自分たちは迷い込んでしまったのか。



 それを憶測として頭を振り、カヘルは再びファイーを見る。


 青い叡智圧のこもる双眸が、カヘルを力強く見返してきた。





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