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暗闇の通廊

 

・ ・ ・ ・ ・



 かち、かちかち……。


 純然たる闇の圧迫感に、カヘルが胃の腑の底に不快感を覚え始めた時である。


 火打石だろうか。固いものを打ち付ける音が響いて、ふいに前方にあかりが見えた。



「カヘル侯?」



 ファイーの声である。びしッとしたその調子を耳にして、俄然カヘルは通常仕様に戻った。



「ファイー侯、いったいどうしたのですか」



 携帯式の松明たいまつを手にしたファイー、闇の中に温かい色をまとって浮かび上がった女性文官のもとへ、カヘルは足早に近づいた。



「本官にも、さっぱりわかりません。先ほどパンダル先生の脇にいましたら、ドルメンの中から風が吹いてきたのです。そして、……」



 ファイーは言いよどんだらしかった。一瞬迷ってから、静かに続ける。



「呼ばれたように、思えたのです」



 カヘルは小首をかしげた。



「ええ、私が何度か呼びましたが?」


「いえ。ザイーヴ、と……従兄いとこの声で」



 冷えひえなる通常の表情を崩さぬまま、キリアン・ナ・カヘルは目をしばたたいた。



「そうして声のした方、ドルメン深奥部分の壁石あたりに向かって数歩進んだところ、この通りです。ドルメン内部であることに間違いはないはずなのに、何故こんな深いところにいるのだか……」



 ファイーは前方を、次いでカヘル背後の後方を松明たいまつで照らした。どちら方向にも、何も見えない。暗闇が続いているだけである。


 洞窟の中にいるように思えるが、それは通廊だった。左右の側は巨石の連なる壁であり、天井にはやはり平たい石が続いている。いわばドルメンがそのまま長く長くのびて、どこまでも続く通路になったような印象であった。



「困りましたね。知らぬうちに、地下通路にでも落ちこんでしまったのかもしれない」



 淡々とした口調でカヘルは言った。


 あまり困っている風にも見えない副団長だが、地上に残してきたランダルや負傷したマグ・イーレ遺族騎士らのことを心配している。……しかし目の前にいるファイーのことは、それを遥かにしのいで心配である。



「カヘル侯。わたしはこのまま、前に進んでみます。さっき風を感じたのだから、どこかへ出るはずだと思うのです」



 ファイーがきっぱりとした口調で言った。いつも通りのびしびし調……しかしそこに、わずかな恐れが入り混じっている。どこかで無理に威勢を張っているようだった。



「しかし、戻ってみた方が早くに外に出られるかもしれません。カヘル侯がそちらへ行かれるのであれば、もう一つ予備の松明たいまつを持っているのでお渡ししますが――」


「いえ、一緒に進みましょう。迷うなら二人の方がいい」



 カヘルは平らかに言った。



「大丈夫ですよ、ザイーヴさん」



 ファイーの手から松明をそっと取り、ごつごつした岩や石のまじる地面を歩き出す。



「はい」



 松明たいまつを左手に、カヘルは右手のひらをあけておく。いつでも戦棍を握れるように――ではなくて、右脇を歩くファイーの手が、いつその中に入って来てもいいように、である。



「ザイーヴさんは、あの怪物たちと対峙したのですか」


「ええ、ブラン君とハナン傭兵隊長の後方支援程度です。カヘル侯に怪我はありませんか」


「ありません。伯父様とは先ほどすれ違いましたが、他の方と一緒に負傷者をかつがれていたので、大事ないと思われます」


「そうですか。……ローディア侯は?」


「皆、無事ですよ。バンクラーナ侯と、プローメル侯も」



 カヘルはちょっとだけ、嘘をついた。


 春の戦役以来、側近騎士が≪赤い巨人≫を怖がっていることを副団長は知っている。本人は深い髪ひげその他の下にうまく隠しおおせていると思っているらしいが、カヘルの眼光はそんなものお見通しなのだ。


 巨人そのものは出なかったが、前回と同じ土地で似たような状況になり、同じ敵に対峙したとあっては、不安定になるのは必須である。ファイーほどではないにせよ、カヘルはローディアのことが心配でもあった。



――戦闘時は集中できていたが、いま安堵から来る巻き返しの恐慌に陥っていないだろうか。本来ならどんどん仕事を言いつけて、ローディア侯を忙しくさせておくべき頃合なのだ。プローメル侯かバンクラーナ侯が気付いて、私の代わりに矢継ぎ早の指示をとばしてくれていればいい……。



 今ここに明かされる、衝撃の事実。


 毛深い側近騎士に何かとこまかく所用を言いつけていた副団長の行動には、つまりローディアに対する気遣い思いやりが根底にあったのである! ……冷えひえな態度に埋もれて、誰も知り得なかったが。割と役損なり、デリアド副騎士団長キリアン・ナ・カヘル。



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