今宵あなたとドルメンの向こうへ
・ ・ ・ ・ ・
ぽっ、ぽっ、ぽっ……。
赤い眼玉を一斉に輝かせたかと思うと、黒い波のような骨の化け物の群れは動きを止めた。
「――?」
つられてカヘルも一瞬、動きを止めかける……いや止めるわけはない、副団長のいぼいぼ戦棍は予定通りに目標一体の頭部を粉砕した。ばふッ。
しかし周囲では、カヘル直属部下とマグ・イーレ遺族騎士ら、エノ軍傭兵とテルポシエ巡回騎士たちが突然の敵の行動に不審を感じ、さっと間を取って身構えた。
ぽッ、ぽッ、ぽたぽたたたた……!!
そこへ風が吹きつける、風に乗ってきた雨粒が騎士らの外套表面を叩く。
「えっ……?」
護衛騎士ブランは、小さな目を見張った。相手にしていた三体の怪物が、突然煙のようにかき消えてしまったのである。まだ眼玉を潰していないのに!
「あれっ……? どういうことでしょう、敵どもが……うわ、総崩れです! まさに砂山がくずれる如く、化け物はその骨身を黒い土くれに変えながら、ぼろぼろとくずおれて行きます……!?」
ドルメン入り口の手前で蔵書目録を握りしめたまま、ロランはさっと後ろにいるランダルを見た。王もまた、目の前で繰り広げられる光景がすぐには信じられない。
「いったい……これは!?」
ざわあああああああ!
カヘルを取り囲んでいた十数体が、その後方の数十体が、引く波のように崩れていった。
ふう――……。
それを強い風がなぎ払う。敵の痕跡は影のように草地に散った、黒い土粒ばかりとなって。
――前回、春の戦役時と同じだ。全く何の前触れもなしに、突然戦いをやめて滅びてしまうとは!?
ぼたぼたぼた、ざあああああっ……。
大きな雨粒が、西からの横なぐりの風に乗って吹き付けてくる。
カヘルは周囲を見回し、プローメルとバンクラーナに言った。
「負傷者を天幕へ搬送して、重傷者を選別。すぐにノスコ侯を連れてきます――ローディア侯!」
直属部下たちがうなづくのを見届けるやいなや、カヘルは草地を蹴って走り出した。副団長はドルメンの前にいる一団を目指す、側近ローディアがもじゃもじゃとついてゆく。
「……先生は!?」
駆け付けた先、短く鋭くカヘルは問うた。ブランとハナン、ファイーとノスコ、マグ・イーレ文官らがさっと横に動いて、背後に守られるようにしていたランダルが現れる。王は親友の腕、おそろしき蔵書目録を持たぬほうの古書店主ロランの左腕を握って、何かをこらえるような表情で青ざめていた。
「私は無事です、カヘル侯ッ。何ともありませんッ」
権威ある声で低く言い放たれ、カヘルはじゃきんとその前に立った。
ぎーん! 青い眼光にてマグ・イーレ王の全身無事を確認すると、うなづいて衛生文官を振り返る。
「ノスコ侯、天幕にて負傷者の手当を。最重傷者には、ただちにファランボ理術士に助力を請いなさい」
「はーッッ!!」
叫ぶそばから、衛生文官は走り去っていった。入れ違いに、エノ軍幹部のパスクアが走り寄ってくる。
「大丈夫でしたか! 文官と……民間の皆さん、みんな無事で!?」
うなづくカヘルに、エノ軍経理関連責任者は口を引き結んで目を見開く。
「遅ればせながら、うちの軍がそこまで来ています。追っつけ軍医も来るので、とりあえず全員天幕の中へ。かたまっていて下さい」
非戦闘員が無事と知って、パスクアはだいぶ安堵した様子である。ある意味、自分に近しい生真面目さをエノ軍幹部の表情に感じ取って、この男とは話せるのではないか、という考えがカヘルの頭を冷やっとかすめた。
怪物の正体、……前回同様に『異常発生した害獣』などとエノ側は言うのだろうが、本当のところあれは何だったのか。あとでパスクアに問うてみるか、とカヘルは思う。
踵を返したパスクアに続いて、マグ・イーレ文官とランダル一行は天幕に向かって歩き始めた。今や雨は強さを増して、人間たちを叩きさいなむようである。王のつば広帽子に雨粒が跳ねた。
カヘルの視線は最後尾にいるはずのファイーの姿を探して、――見つけられずにさまよう。
「ファイー侯?」
女性文官は、ドルメンの内側に佇んでいた。その背中が、……何かおかしい。
「ファイー侯、行きますよ」
取って返して巨石の入り口をくぐり、カヘルは女性文官に向かって低く平らかに声をかけた。しかしファイーは振り返らず、歩み出した……ドルメンの中に向かって。
明らかな異変、しかし何がどうおかしいのかはっきりと判別できないままに、カヘルはその後を追う。ドルメン内部、奥の壁石がみえない。暗闇の中にいる。
「ファイー侯。どうしたのですか」
妙な不安にたまりかねて、カヘルは手を伸ばした。ファイーがいるはずの、その暗闇の中へ。……何にも触れない。
「……?」
今や、完全なる異変がカヘルを包み込んでいた。
振り返っても暗い。出入口の明るさが、ぼんやりとも見えない。
ぐるり、と周囲をひと回り見渡して、カヘルは自分がまったき暗闇の中にいることを知る。
・ ・ ・
ローディアは震えていた。
雨に濡れた豊かな髪と、ひげその他をもじゃもじゃとふるわせて、側近騎士は恐慌にかられている。
彼の信じる副団長――キリアン・ナ・カヘルと、その先を歩いていたザイーヴ・ニ・ファイーとが、ドルメン深奥部分の壁石の中に融け入るように消えてしまうのを見た。
「ふ、副団長」
自分は夜目がきくということを、ローディアはよく知っている。今見たことは錯覚ではない、とわかっていた。側近騎士は暗闇の中で手をのばし、石に触れたが……そこには石があるだけ。
ローディアにむかって、扉は閉ざされていた。




