赫髪あかがみの少女
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「ああ、フィオナぁ。見ーつけた、よ」
ぎくり!
みじかい赫髪を風にくゆらせ、東の丘ふもとの戦場を見つめていた少女は、肩をぴくりと震わせた。
「あーあ、またそんな危ないところに立って……。お母さんやリフィに見つかったら、叱られるよ。降りておいで」
少女は振り返る。
テルポシエ城の高み、東の鐘楼の崩れかけた段々。空に向かって途中で途切れた道……かつて≪透かし堂≫があった場所の階段一段めに、少女の父が佇んで笑っていた。
「メイン」
「じきにお昼だよ。一緒に食べに行こう」
その差しのべられた手のひらに、抗うことはできないなと、少女の中のうちひとつは思う。
「……仕方ないな。今回はこれまでだ」
「つまんないのう。まだ誰も死んどらんのに」
「はやく骨どもを崩せ」
「ぶう」
とっ、とっ、と……。
山羊皮長靴の丸いつま先で、軽やかに降りてきた娘はうつむき気味である。それに気づいて、若い父親は言った。
「ぶつぶつ言って、どうかしたの?」
「何でもないよ、おとうさん」
ひょろっと儚げで小柄な父に不似合いな、がさついた大きな手のひらに自分の小さな右手をすべり込ませて、赫髪の少女は最後の一段をとび越した。
娘の父親、精霊使いのエノ軍首領は小首をかしげる。見上げてくる娘の顔は、機嫌よく円く微笑んで……いつもと変わらない。
ぽた、ぽたたたッ!!
その父娘の頬に、大粒の雨滴が降りかかった。
新生テルポシエの王が振り仰げば、西からの空半分が、黒幕のような厚い雲に覆われてゆくのが見える。
「嵐が来るね、早く中に入ろう。さっき雷も鳴ったみたいだしね」
「うん。お腹すいてきた」
父娘ふたりは手をつないで、鐘楼の出入り口に向かい歩んだ……。
城の内へと続くその扉をくぐりかける時、父の背後で娘はちょいっと振り返った。
赫髪をなびかせて……ぱちん! 左手の指をごく小さく鳴らす。
「また次回」
にやりと笑う、赫髪の少女の褐色の瞳の中央。漆黒の闇がどこまでも昏く、円い。




