覚醒、もも色みかんと蔵書目録
「我々は文官、よって前には出ません。ハナン傭兵隊長とキルス若侯の取りこぼした敵がこちらに向かってきた場合のみ、囲い合って対処します。よろしいですね?」
「はい」
明らかに緊張し、それぞれ護身用の杖と警棒とを構えているマグ・イーレ文官の三人に向かって、ファイーは低く答えた。彼女も今、極細の木製突剣を振り下げて構えている。
女性文官は前方を見たまま、隣のノスコにぴしりと言う。
「ノスコ侯。君は武装していないのだから、パンダル先生のそばに――」
「ふッ、しておりますよ。先ほどはいきなりの敵の登場で少々息を乱しましたが……。大丈夫なのです、ファイー侯」
ファイーは顔を横に向け、ノスコを見た。……衛生文官は何も持っていない。黄土色のデリアド騎士外套の下で両腕を組み、じっと前方をにらみつけている。
「僕も前々回、人質になって思い知りました。かよわき衛生文官であろうともやし青年であろうと、敵は加減しちゃくれないのです……。自分の身は自分で守らねば。にしても生きている骨格、動いている骨格……。それがはっきり肉眼視できるとは、なんと素晴らしい眺めなのでしょう」
こりゃだめっぽいな、と女性文官がノスコの動転を心配した時である。
「あっ、来るぞ!」
警棒を構えたマグ・イーレ文官が言ったのと、ノスコが走り出したのは同時だった。
「要するに、骨は骨なのですッ。黒羽の女神さま! 不肖イアルラ・ナ・ノスコに、もも色みかんの守護あれかしーッッ」
「ノスコ侯――」
さすがのファイーも、ぎょっとした。マグ・イーレ文官の間をすり抜けて、ノスコが骨の怪物に突っ込んでいく!?
しかし、跳躍してくる骨の怪物に衝突しかけた衛生文官は……ひょいっ! ぶつかる寸前でちんまりしゃがみ込んだ。そこから!
「仙骨ぅぅぅぅッ」
ぐうの形にした右の握りこぶしを、起き上がりざま思いっきり上に向かって突き上げた。ノスコのそのこぶしが、ファイーの目にもぎらッと輝いて見える。衛生文官は、両手に鋼環を握っているらしい! ばきーっ!
恥骨を砕かれてよろけかけた骨の兵士、その脚の付け根をすかさずノスコの両手がつかむ。
「大・転・子――ッッ」
ぶわしッ! 勢いよく地面に前のめり叩きつけたその骨の上に、ノスコは続けてひらりと全身を躍らせる。がしがしぃッ! 両足かかとが、力強く怪物の肩甲骨を押さえた。
「ふははははは、肩関節ぅ――ッッ!! さあファイー侯、とどめを願いますッ」
マグ・イーレ文官たちが慌てて駆け寄り、骨の化け物が振り回しかけた両腕を左右から押さえた。
ぐりッ!
騎士長靴の靴底でしゃれこうべを表に向かせ、ぶすぶすとファイーは赤い眼玉を突剣で貫いた……しゅうん。
途端に骨は土くれのような、ぐずぐずとした粉塵へと変化する。
「いつの間に武闘派になっていたんだ。ノスコ侯」
ファイーの手に引っぱり起こされながら、衛生文官は不敵な笑みを浮かべた。
「今日からです!」
にきびだらけの若い顔、ここは白い歯がきらッと輝くところである。
ひゅうんッ!!
その時ノスコとファイーの頭上を、何か丸いものが勢いよく飛んで行った。
「うあっ、しまったぁぁー! 気をつけて、そっちー!」
ずっと前方で立ち回っていた、エノ軍幹部ウーディクがおもしろ声で叫んだ。大弓で怪物の頭をぶっ壊したつもりが手元が狂い、うっかり首を切り飛ばしてしまったのである。
すっころん、ころろーん……。長ーく宙を飛んで着地したそれは、ドルメン入り口、ランダルの足元に転がっていった。一瞬置いてから、マグ・イーレ王は悲鳴を上げる。
「ふぎゃああああああッ」
ぎろりと自分の方を向いた、しゃれこうべの赤い眼玉!
ランダルは縮み上がった。マグ・イーレ王の武器は硬筆と弁舌、要するに彼は完全たる非戦闘員である。しかし約二十年ぶんの成長を越えた王は、≪クロンキュレンの追撃≫の時のように情けなく退きはしなかった!
「そこの骨! 止まんなさーいッッッ」
びしッと指さし、突きつける! 三百年の伝統を誇るマグ・イーレ王家、その純然たる直系末裔の権威を込めまくって、ランダルは咆えた。
ぴくん! その王威に直面し、新たに身体部分を生やしかけていたしゃれこうべは、微妙に揺らぐ。……そこへ。
「本屋の魂を、くらええええええッッ」
ぶぁっっっし――ん!!!
古書店主ロランが、すさまじい気合のもとに何かをぶち下ろした!
ものすごく重そうな筒状のもの……。これを喰らってはひとたまりもない。赤い眼玉はびしゃりと潰れて、頭蓋骨も黒く崩れてしまった。
ふしゅ~~!! 鼻息あらく肩を怒らせて、真っ赤な卵のようになった古書店主はランダルを見た。
「怪我はないだろうね!? パンダル!」
「ロラン……! きみ、それは一体!?」
「うちの店の、蔵書目録さぁ! またの名をマグ・イーレの積ん読本目録、その厚みで僕は君を守るぞッ」
古書店主がすちゃッと掲げて見せたのは、固く巻かれた大判の布巻き……。内側はまっ黒だ! ああ、いったいどのくらいの本の……買われず読まれていない本たちの怨念が、そこにこもっているのだろうか!? ランダルは震撼した!
「そんな重いものを、旅行に持ち歩いているのかいッ!? 今回は商用旅でもないのに!」
「いや? ご覧の通りに、護身用武器にもなるしねぇー、……うおおおおっ」
ばしいいいいいん!!
もう一丁、強烈すぎる蔵書目録の一撃でもって、古書店主はランダル脇にそうっと忍び寄っていたほねほね兵士の頭を叩きつぶす。すでに動きが板についている、蠅を滅殺する風であった。
「パンダルに、触るなぁぁぁぁッッ」
残った胴体部分の骨を、ロランは勢いよく蹴りとばす。いつもの控えめ温厚な態度をかなぐり捨て、きれている親友の変わりように、マグ・イーレ王ランダルは口を四角く開けていた……。




