春の悪夢の再来
瞬時にして、緊張がはりつめる軍用天幕内。
カヘルは卓子のそばに大股で歩み寄り、ずいっとランダルの前に立った。
「先生、緊急事態です。文官たちと一緒に、あのドルメンの中へ避難して下さい。そしてキルス若侯、何としてでも先生を守って下さい」
硬くこわばった表情で、しかし何も聞かずにマグ・イーレ王はうなづいた。すばやく周囲の老騎士らを見渡す。
「皆さん、カヘル侯の指揮に従って下さい!」
ぎりッと権威のこもった、ランダルの声が通る。マグ・イーレ遺族らは了解していた。有事の際は、デリアド副騎士団長キリアン・ナ・カヘル若侯の指揮下に行動……騎士として戦うよう、ニアヴ正妃に言い渡されてある。
カヘルはすぐさま、天幕外へ取って返す。直属部下と老騎士たちが続いた。はっとして、ローディアがもじゃもじゃと叫ぶ。
「ノスコ侯ぉぉッッ、危ないッ!」
びん、ぶんッ!!
その時、一目散に走ってくる衛生文官の背後に迫っていた異形のなにかの数体が、次々に弾き飛ばされた。
エノ軍幹部、おもしろ顔のウーディクが、ノスコ援護のために大弓を連射したのである!
「ぎひゃぁぁぁぁッッ」
最後は派手なすべり込みにて、衛生文官はカヘルら騎士の列前に到達した! 何のことはない、ノスコはこけたのである!
それをすぐに、ファイーが引っ張り上げた。ランダルたちとともに、女性文官はノスコをドルメンに連れて行く気でいる。
「な、な、何ですか!? これぇぇぇッッッ」
ファイーにぐんぐん引かれて走る中で、ノスコはうなった。
「春の悪夢の再来です。射手、全員かまえぇぇぇッッッ」
天幕を後ろに、列に並ぶマグ・イーレ騎士らの中心でカヘルは冷えひえ指令を飛ばす。
じゃッ!!!
カオーヴ老侯以下、ほぼ全ての老騎士らが中弓を引き絞った。
「投擲――――ッッ」
すでに天幕の南側から始まっていたエノ軍傭兵らの射撃に加え、無数の矢が飛んでゆく。
「ファランボ理術士! 障壁の援護ねがいますッ」
理術士を指揮するのは初めてだったが、カヘルに迷っている暇はない。後ろにいるはずのファランボに向かって叫んだ。
「いざ来たれ 群れなし天駆ける光の粒よ、高みより高みよりいざ集え 集い来たりて 我が敵を刺す 千と万の根となりて」
すでに獅子頭の術士帽をかぶり、聖樹の杖をかまえてカヘル後方にいたファランボが、低い声で早口詠唱を行う。
「憎く悪しき敵の核を貫け!!」
刺すようなその声が飛ぶと同時に、にぶく輝く濃灰色の巨大な植物根が地中から勢いよくそそり生えた。敵たちのかたまり、黒い波の第一波襲来を薙ぎとばす。
しかしカヘル達の眼前に立ちはだかった根の壁を越え、とびすさってくる者がいる!
ぶしゃんッ!!
黒くしなびた身体の上部、どくろの中に赤くでろんと目玉を輝かせていたその化け物は、カヘルの一打により粉砕される。
頭部ごと目玉を壊された骨の怪物は、鋭くとがった両腕を引き攣らせてからみじんに崩れ落ちた。
「全員、抜剣! 赤い目玉を狙って打てッ」
カヘルの冷えひえ咆哮に長剣の鞘を払いながら、ローディアは訝しんでいた。
――何でッ!? こいつら操っていた、赤い巨人は鎮まっていなくなったんじゃなかったのかッ!? なんでこいつら、……あの赤い巨人の眷属だけが、こんなにうじゃついて出るんだよッ。
巨人そのものの姿が見えないから、側近騎士は動揺には至っていない。しかし腑に落ちないわだかまりが、手足の枷になりかけていた。
「ローディア侯。かっ飛ばしてやるだけですよ」
しかし、すぐ脇にいるカヘルから冷やっとした声が届く。それでローディアは考えるのをやめた、……長剣を構える。
それを大きく振って出る、ばきゃッッ!!
あっと言う間に一体、ずどッ!!
二体目の頭部分を、長剣ふた突き。叩き割った!
「刃こぼれ気にすんなよ、バンクラーナ?」
中剣を構えつつ、プローメルが相棒に言う。
「くくく、だから柔らかいとこ狙うのさぁ」
久し振りに抜いた片刃刀(骨董品)の質感、重み、握りごこちその他に色々と恍惚を感じつつ、バンクラーナが答えた。
「こんなところで最後のひと花を咲かせられようとは」
「倅よ、見守っていておくれ」
「うしろに陛下を護るんじゃ」
マグ・イーレの遺族騎士らも、次々に得物をふるい始めた。
ファランボの作った理術の垣根を乗り越えて、跳びかかってくる怪物どもは骨だけに軽やかである。老騎士たちは一体につき、三人四人で立ち向かった。黒い骨の身体を取り押さえて、赤い目玉をつぶす!
「じいさん、危ねぇッ」
ある老侯の脇腹をとがった腕先で刺しかけていた一体を、エノの傭兵が戦闘棒でど突いた。
「ぬう、かたじけなーいッ」
ひっくり返ったそいつの頭に、テルポシエの巡回騎士が、ざくん! 短槍の一撃をお見舞いする。
エノ傭兵とテルポシエ巡回騎士は、そのままカヘル配下とマグ・イーレ遺族騎士らに入り混じって行った。
ぶしゃん!!
戦闘鎖の先端についた分銅が、勢いよく怪物の側頭から赤い眼を撃ちぬく。
鎖はまるで生きもののように動いて引き戻り、ぜろぜろッと持ち主の手先で丸くまとまる。
「気ッ色わるううう、何なんだこいつらはぁッ!?」
≪骨の兵士≫とは実は今回が初対戦、エノ軍経理関連責任者にして先行部隊長のパスクアは、もと二枚目の顔を引きつらせつつ鎖を回していた。
ちなみに父親が使っていた、長い方の鎖である。久し振りに触れたら、短い方の鎖は使い勝手が悪くなっていたから、そのまんま息子に持ってていいよとやってしまっていた。いつのまにか自分も父の側にまわっていた、パスクアである。
「いや~、気持ちわるいっすけどね。とがった手羽先に気をつけて、目ん玉さえつぶしときゃいいっすから……。ま、地道にー」
大弓を直接攻撃用の武器として、ウーディクは難なく怪物どもの頭をしばいていた。ずばしッ。
「そうだ、パスクアさん。いま精霊たち、離れたところで寝てんでしょ? 起こして、メイン王に助けてもらったらどうなんすかー」
「いや、だめだ! 霧女のねえちゃん達は夜勤明けだから、メインが直に命じない限りはてこでも起きん。どうにか市のほうに気付いてもらうっきゃねえぞ!?」
「そうすかー。ほんじゃ仕方ね、ここもうちょっとのして手すいたら、俺が一発ぶっ放して城壁に当てるっすよ。ロボ君あたり、気づいてくんねえかなー」
――にしても、どっから湧いたんだよ? こいつら~。
おもしろ顔を面白いままに崩さず、ウーディクはくりんと大弓を回す。
それで背後に跳び上がっていたやつの目玉が、じゃくんと弓筈に線と裂かれた。




