残された時間内に
・ ・ ・ ・ ・
「……では、皆さん。どうぞ」
「今日もよろしく、お願いします」
エノ軍幹部パスクア、マグ・イーレ文官らの声を合図としたように、墓所裏の大型軍用天幕の内で遺族騎士らは一斉に座り、卓子の中央に積まれた遺品に手を伸ばした。
曇り空のせいで天幕内はかなり薄暗い。それを見越してか、手燭が多く卓子に置かれていた。
見守る以外の何もできないカヘルとローディア、プローメルは、その灯りをせめて遮らぬようにと、天幕の隅に佇んでいる。
老いた騎士達は灯りに品々をかざして、死者のよすがを何とか見つけようと奮闘していた。ランダル王と古書店主ロランもまた、彼らの間に入っている。
「残る二人の騎士は、レイドース若侯とカオーヴ若侯……。頼みましたよ、皆さん」
ぼそぼそ言いながら、マグ・イーレ王は手中の頭巾をためつすがめつしている。ぼろぼろになった濃灰色の布ぎれは、マグ・イーレ騎士の毛織から格闘中にもぎ取られたものだろうか。
「あのう、へい……ごほん、先生。兜の裏の支え帯に、こんなものが挟まっていたのですが?」
作業開始からしばらくした後、一人の老騎士が立ち上がってランダルのそばに来た。
だいぶ変形して、表面がべこべこになった兜の裏、固定のために付けられていた支え帯がゆるかったのだろうか。持ち主は布片を細く織り込んで、詰めて使っていたらしい。
「ふむ……おやっ! こりゃあ、本の受け取り伝票じゃないのかい? ロラン、君の筆跡だよッ」
がばりと身を乗り出して、古書店主は薄汚れた布片に見入る。
「受取人の名前などは、一切ないのですが……」
発見した老騎士が残念そうに言いかけるのを、王は肘をつかんで制止した。その横で古書店主がうなり始める。
「190年嵐月二十日、『常緑の森』第四十二巻代金として。……っって、まちがいない! レイドース侯ぉぉぉぉぉッ」
「は、はいっ!?」
古書店主のうなり声に、びくりと立った初老の騎士がいた。
「ご子息の兜です!!」
「え、ええええッ!?」
慌てて初老騎士は問題の兜を手に取るが、困惑を隠しきれない。
「……変形がひどくて、息子のものなのかどうか。私には見分けがつきません」
「しかし、そうなのです!」
ゆで卵のような頭をぴかーんと手燭の灯りにてからせて、ロランは言い切った。
「本当は顧客情報をもらしちゃならんのですが、ご子息は人気長寿作『常緑の森』のかくれ読者であらせられました! 毎回毎回必ず当店で予約し、発売当日にこっそり来て購入して下さったのです。そんな方を忘れられるわけが、……~~!!」
最後は泣き出してしまった古書店主である。初老騎士はそんなロランをがばりと抱きしめ、自らも咽んだ。
「ありがとう……ありがとう、本屋さん」
その脇、マグ・イーレ王もぐすんと手巾で目元を押さえていた。ほとんど知らない人でも、同じ本を好きだったとわかればとたんに友達扱いしてしまうのは、一部の読書子の常である。
「この革紐は、微妙にアルフェアン編みに見える! どなたかアルフェアン地域にゆかりのある方はー!?」
「周辺地域で言うと、トワレイシュあるいはケルガトーの町のあたりです。分団管轄では……」
「先生。ここのところ、うっすら名前書きっぽく見えませんか」
「ぬうっ、見えるような見えないような……?」
鑑定騎士バンクラーナと地勢課文官ファイーの声に、老騎士たちはうんうんうなって記憶を掘り出そうと苦戦していた。手燭そばでは、イリーお習字四段の意地にかけてかすれ字を判読すべく、マグ・イーレ王がぎろぎろと目をむいている。
「残るはカオーヴ侯のところのご子息だ。カオーヴ若侯の装備を思い起こして探したほうが、効率的でないのか!」
「いやー、倅は持ち物にこだわらない性格でしたからなぁ。ほんとに凡庸な長剣と中弓、支給の鎖鎧で出征いたしましたので」
「じゃあ、むしろ特徴のないのを探そうではないか~!!」
しだいに天幕の中では、あちこちから声が飛び交うようになる。残された時間内、あと一刻半ほどのうちにカオーヴ若侯の遺品を、何としてでも――。遺族、バンクラーナにファイー、ランダル達が持てる力と知識全力駆使して、判別にかかっているのだ。
天幕の隅にて、カヘルとローディア、プローメルはひっそりと佇んでいる。
カヘルは時々、一人で外に出た。……まだ雨は降らない。慣れない湿気を含んだ大気は、副団長の感覚にあまり快適ではなかった。重い、とカヘルは思う。
灰白色の空を過ぎゆく雲はどれも巨大、そして低い。雨粒の落ちてこないのが不思議なくらいだった。カヘルの頭上には、空全体が落ちてくるかのような圧迫感が満ちていると言うのに。
乾燥の強いデリアドとは全く違うところである。同じく西イリーに位置して、気候の多少似通ったマグ・イーレとも異なる。
――そんな異郷にて命が果てると言うのは。やはり良いものではないのだろう……。
九年前に没したマグ・イーレ騎士ら同様、カヘル自身も春の戦役時に、この湿地帯で戦死していたかもしれないのである。
その可能性に思い当たった時、カヘルはふと死のあとについて考えた。
イリーから東の世界において、死ぬことは≪丘の向こうへ行く≫とよく表現される。傷つき壊れ、役目を終えた人間の身体から不滅の存在である≪魂≫が抜けだして、生者のあずかり知らぬ遠方――異界としての≪丘の向こう≫へ行く、という考えに基づいた言い方だ。だから文字通りに丘の反対側、と取る人はまずいない。
――それはわかる。……しかしなぜ、≪丘≫なのか?
カヘルは顔を上げ、ドルメンの後方にそびえる緑の丘を振り仰ぐ。
まるで生気のない灰白の空の下でも、岩肌をぬって茂っている草々が、くっきりと常緑色の色彩を放っている。
その時、墓地の方から気配が近づいた。カヘルが前方を見ると、数人の墨染上衣を着たエノ傭兵らと別れて、パスクアがこちらへ来るところである。
「ちょっと良いですか。カヘル侯」




