副団長の手土産事情
それは今から、十日ほど前のことである。
珍しく定時で終業、帰宅するらしきカヘルが、執務机を片付けながら冷えた声でローディアに問うてきた。子どものいる家庭を訪うなら、手土産は何が良かろうか、と。
庶民派、常識はお任せの側近は即答する。
≪それは、お子さんの年齢によります! は、十歳と四歳ですか! ならば甘いもので決まりでしょうッ≫
カヘルは少々眉根を寄せて、困惑を隠さなかった。
≪向こうが食事を用意してくれているのに、重ねて食べ物を進呈してよいものですか?≫
――なんだよ何だよ副団長、ファイー姐さんちに招ばれたんだぁぁッ!?
心中の叫びをたくみに胸毛の中に隠しつつ、ローディアはしかつめらしく言った。
≪ええ、大丈夫なのです。手土産をおもたせとしてその場で供するかどうかは、完全に招いたお宅側に判断を任せていいのです!≫
≪……≫
カヘルは眉根を寄せたまんまであった。冷えひえ視線が本当か、と側近に問うている。困惑に加えて猜疑心満載、ついでに不安すら加味されてしまったもようだ。
ここまで来たら乗りかかった舟、側近騎士はカヘルの手土産選びまでつき合う。母や姉の買い物に、荷物持ちとして使役されてきた経験と知識とが、こんなところで活用されるとは! ローディア自身も驚きつつ、ちょっと嬉しかった。
≪……甘いものの定番と言うと、焼き菓子あたりですか≫
≪それでも良いと思います! しかし先方の好みが知れないのでしたら、日持ち優先です!≫
ここは菓子屋ではなく、乾物屋の出番だと力説して、城下の店へゆく。贈答用に美しく盛り合わされた平籠の中の乾燥果実見本を目にして、カヘルはようやく納得がいったらしい。
≪小さなお子さんのいるご家庭なら、あんずや黒梅は避けたほうがよろしいでしょう≫
ここでも乾物屋の主人に指南される。喉に詰まる心配のない輪切りの干し林檎を、華やかぐるりと円環に詰めたのを見繕ってもらった。
≪どうもありがとう、ローディア侯。助かりました≫
ほんの少しだけ口角を上げ、安堵のにじむ生ぬるさでカヘルは側近に礼を言う。薄紅色にかさばる亜麻布の包みをかかえて、副団長は晩秋の夕闇に消えていったのである。
――あの干し林檎の籠が、役に立ってたら良いんだけどなあ~!
後日談は聞かないが、機嫌の悪いそぶりがカヘルに全くないのだから、ファイーの一家との会食は滞りなく済んだに違いない。その後にマグ・イーレ正妃のニアヴ・ニ・カヘルから内密の呼び出し通達があり、隣国への往復とテルポシエ行の準備でカヘル達は多忙になっていたが……。
――どう考えても、今回の旅はこれまでの事件捜査よりずっと長くなる。副団長とファイー姐さんが、一緒にいられる時間も長くなる。順調に距離を詰めてきたのであれば、どーんと王手をかけてもいいんじゃないのかッ!?
「ふッ。まだまだわかりませんよ……」
にきびだらけの顔で不敵に笑いながら、衛生文官ノスコが低く言った。
カヘルへの全力応援精神をいきり立たせていたところに水を差されて、ローディアはもじゃもじゃかくん、と小首をかしげる。
「本人が正道王道を歩いているつもりでも、気がついたら邪道に踏みちがえている、と言うことだってよくあります。男女の恋情なんて、どんな風にどんでん返るか、知れないものです」
「ノスコ侯……。そういうきみって、一体いくつなの?」
「来年二十六になります。まあここはひとつ、副団長に我らが黒羽の女神さまと、もも色みかんのご守護があるよう、祈ろうではありませんかー」
さわやかに笑いかけてくるノスコの顔を見て、ローディアは一抹の不安をおぼえた。
それでも灰色の空の下、茂る樫の森を左右に割って、道は前に向かって白く伸びている……。
西端デリアドからマグ・イーレへ、そして東の終着点テルポシエまで。全イリー街道踏破の長い旅が、始まっていた。
〇 〇 〇
副店長「そうなんだ、その通りなんだぁぁぁ! 日持ち重視の手みやげ贈答品はお任せ、のしだって書くぜ~~?? 俺たち乾物屋の熱い想いを、受け止めてくれぇぇカヘル侯ッ」
料理人「ちょっとー、落ち着いてくださいよ。ナイアルさんてばぁー」
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