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走れ! 衛生文官ノスコ(上)

 

・ ・ ・ ・ ・



 質実剛健、じみ一徹なデリアドと違って、おしゃれに上品なオーラン市内。


 冬場に向かうところなのに、花々や常緑樹の鉢がそこかしこに置かれている。灰白色の石造りの街並みに、鮮やかな色合いの看板やのぼりが差し色となっていた……実に絵になる、上品な風景だ!


 そこを一人、若きデリアド衛生文官がゆく。


 ともすれば浮き上がりそうなおのぼり・・・・本心をにきびづらの下に隠し、黄土色外套の裾をはためかせて、ノスコは速足で小路を歩いて行った。


 シトロの処方箋にあった在所を手掛かりに薬種商を探し、うめぼし壺ごと処分を任せる。ついでに走って港へ寄り、≪名物ぶどう巻き≫を自分も食べようと言う、ささやかな野望をノスコは抱いていた。


 ひとたび気になることがあると、ぎっちりみっちり追及して調べなければ気の済まない性質の若者なのである。どうか許してやって欲しい。



――みんな昨夜おいしく食べたと言っていたけど、……要するに葉っぱのつけものが主体なんでしょう? 無理だよ! しかしもしも、仮にだ、葉っぱ野菜の大嫌いなこの僕が、食べてうまいと感じるのであれば! それはもう正真正銘、美味しいってことなんだ。よってここはひとつこの僕、イアルラ・ナ・ノスコが判断してやろうじゃないか~!! かかってこい、ぶどう巻きッ。



 冷静沈着を装ったその胸のうちでは、鼻息を荒くしながらわけのわからない喧嘩をも売っている。ああ、なにげに血気盛んなる最近の若い子なり。


 ところがオーラン市内西側にあるその上品な薬種商の店主は、壺の中身をあらためるなり緊張をみなぎらせた。


 綿手袋をはめた手で緑色の布袋を持ち上げ、ためつすがめつし、つけもの壺の中をのぞき込んでしつこいくらいに調べている。



「……どうかなさいましたか?」



 とっとと片付けて早く港へ行きたいノスコは、少々いらつき始めて薬種商に問うた。


 しかし、中年の男性店主がふいと上げたその双眸には、ただならぬ不安が満ちているではないか。不穏を読み取って、衛生文官はどきりとした。



「白い袋の≪妖精の手袋≫と、緑のあき袋。これらは同じお宅の、同じ場所で見つかった……と。そう仰いましたね、文官様?」


「え? ええ、そうです。一緒に壺の中に入っていましたが、……何か不審な点でも?」



 朝でも薄暗い店内、各種容器が天井高くまで棚にびっしり詰まっている空間に、他に客はいなかった。そのことを確かめるようにぐるっと視線をめぐらせると、長台むこうの店主は声をひそめて言う。



「この緑のあき袋は、当店が≪蘭油薬≫専用にしているものです。絶対に他のものと見間違えないように、と」


「……」


「手つかずの処方薬と一緒に、このあき袋があったと言うのが、非常に不穏なのですよ」



 それを聞いた衛生文官は、さすがににきびづらをかたく引き締めた。


 蘭油。それはイリー地域に広く自生する球根花、≪うつむき蘭≫を精製して作る薬の一種である。伝統的に女性特有の症状に使われることがあるが、生産量がごく少ないため希少価値も相まって高額だった。また裕福な貴族王族の間では非常時用の自決毒として、ひそかに常備されることもあると言う。この場合は即効性の高い劇薬、別名≪蘭毒≫としても知られていた。


 店主は分厚い帳面を取り出し、台の上でめくり始めた。要注意・管理薬類の売り上げ記録らしい。



「ああ、ありましたね。処方箋の通し番号に一致します。たしかに三年前の闇月じゅうにがつに、強心剤として≪妖精の手袋≫丸薬八つをお渡ししています。その後すぐに……、いらしたのは同じ奥様だと思うのです。≪蘭油≫をお求めになった方がいました」



 とにかく高値であるがゆえ、蘭油が売れるのは珍しいことだからよく憶えている、と薬種商は言った。



「その奥様には、処方箋を故郷くにに置いてきてしまったが、どうにも下腹子宮の痛みがひどくてたまらないから、と泣きつかれました。それで、ああ他国から駐屯基地へ赴任している騎士の方の奥様なんだな、と思ったのです。五十半ばくらいのおきれいな方でしたが、確かにひどくやつれたお姿で。閉経期とも相まって辛そうで、言われるままに≪蘭油≫をお出ししたのです」



 女性は、≪蘭油≫の服用経験があると言った。



≪痛みの耐えられない場合に、一日ひと粒だけ。次を待つのは翌日まで待つこと。三粒のめば、もう致死量になってしまうのでしょう? よくよく存じておりますの、気をつけますわ≫



 そんな風にすらすら言ってみせたので、薬種商は懸念なく送り出したのだった。



「あの、しかしご主人。同じ方が買いに来たとは言え、処方箋は夫のものであり、蘭油は奥様ご自身用のものでしょう? 特に夫婦間で取り違えるようなことはなかったと思うのですが……? 現にこうして、≪妖精の手袋≫は手つかずのまま残っているのですし」



 何が店主を不安がらせているのかわからず、ノスコは問うた。



「それが問題なのです、文官様。お二人はすでに、亡くなられているということでしたね?」


「ええ」



 中年店主の表情には、今かけあみ線によるかげりが深く入って、描くのが憂鬱になるほど陰鬱としていた。きょとんと眼を小さな点にして、描きやすくなっている衛生文官とじつに対照的である……。

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