プローメル、ER治療
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はじめ港近くの緑地内に潜んでなりゆきをうかがっていたファイーは、唇を固く引き結んでカヘルとベアルサの会話に耳を傾けていた。
謎の理術士ベアルサは、何と言ってもデリアド東域において≪運命の石≫を破壊した犯人。巨石研究を天命とするザイーヴ・二・ファイーにとっても許しがたき仇敵であり、前回の対峙で局面打開をなしたのも彼女の突剣の一撃だった。しかしこの場において、ファイーはカヘルの指示に従う。敵側が複数であるだけに、状況が見えにくい。よって自分は別の形でカヘルの補佐にまわるべし、と叡智の女性文官は判断したのである。
だからベアルサとカヘルの話し合いがきな臭くなったと察知した時、ファイーは石壁の裏から静かに後退して、緑地を駆け抜けた。とにかく地元オーラン市の巡回騎士らに、加勢を頼むべくひた走ったのである。
しかし駆けるファイーは緑地にほど近い明るい店先で、慌ただしく出てきたファランボ理術士にぶつかりかけた。
自らも店内で聞き慣れぬ詠唱を耳にとらえ、攻撃理術発動らしき気配を察知していたファランボは、女性文官のただならぬ様相を見てすぐに状況をのみ込んだ。同じ店内で食べかけ飲みかけだったマグ・イーレ傭兵隊長と護衛騎士を伴い、カヘル援護のために港へ突っ走ってくれたのである。
ファイーもすぐにファランボ理術士の後を追った、彼女のあとに何でかマグ・イーレ王と古書店主もついてきた!
「歴史的瞬間を実況せずにはぁぁ!」
「歴史同人とは言えないのだぁぁぁ!」
「ま~、そう言うことです!」
ルニエ老公も、最後尾にゆったりついてきた。要するにここ、上品な隠れ家風料理屋≪浜辺のかけあみ≫で会食していた一同が、ごっそりやって来たのである。
前オーラン元首が私用でちょくちょく使うというこの高級料亭は、本日貸し切りであった。
他に人目のないのを良いことに、プローメルは上股引を脱いでしまい、下股引をぐうっとたくし上げて、ブランに傷をおしぼりで拭いてもらっている。
プローメルの負傷部分上、左腿の真ん中に巻いた革帯の両端を、ローディアとファイーが左右からぎんぎんに引っぱって止血していた。
「あの、ちょっと。血が止まる以前に、ものすごく痛いんですが……」
「少々の我慢です。プローメル侯」
椅子にかけたプローメルの左踵を、ぐーと高く持ち上げているカヘルが冷ややかに言った。ちなみに副団長はいまこの瞬間、部下の負傷をかなり心配している……顔には出ていないが。
「きれいに洗えました。ファランボさん」
「はいおおきに、ブラン君。ほな、行きます……。いざ来たれ 群れなし天駆ける光の粒よ、高みより高みよりいざ集え」
理術士の杖の先が、くわりと白く輝く。数多の燭台で昼間のように明るい店内が、さらに明るくなった。
「集い来たりて 彼が生命を、その癒しにて此処に押しとどめん。彼が生命を、その天命のもとに押しとどめん」
ふわり……!
こぶし大の光の球が、そこからゆるやかに降りて行ってプローメルの膝下の傷に触れる。やわらかい光はプローメルの毛深き肌に乗り移るように溶け込み、一瞬強く輝いてから消えた。
「……すごい。傷跡が、もうふさがってしまった」
ファイーが低く、呟いた。
「肉のうちに刺さっとった、鏃の破片も消滅したはずです。でも動くときはちょっと、慎重にねがいますね」
「良かったぁー! もう痛くないですね、プローメル侯!?」
「いや……。ローディア侯の締め付けが、依然として超絶に痛いんだが」
プローメルの踵を下ろして床につけながら、カヘルは安堵した。衛生文官ノスコも同行していなかったし、自分達だけではここまでの処置は到底できなかっただろう。
「ファランボさん。あなたには今回、本当に助けていただきました。心から感謝いたします」
「いーえ、皆さんご無事でほんまに良かったです」
「ほんとにファランボさん、大活躍でしたね。戦略系の理術発動をあんなに間近に見たの、私初めてですよ」
うんうんうなづいているマグ・イーレ王の隣で、ルニエ老公も上品に白髪を揺らしている。
「と言うか、消耗なすったでしょう。さあ、どうぞ食べ直してください」




