カヘルVSベアルサ
「若僧カヘル、てめぇはぁッ」
カヘルの戦棍の一打によって、理術士の杖を宙にはね上げられたベアルサは即座に激高した。目の前に迫るデリアド副騎士団長を、にらみつけるその速度と同じ速さにて必殺の術を紡ぐ。
「いざ来たれ 群れなし天駆ける光の粒よ、高みより高みより――ふはッ」
しかしベアルサの高速詠唱は、途中で途切れた。
瞬時に背後をとっていたカヘルに、すでに両肩を征されていたのである。脇から差し込まれたカヘルの両手が、水平に持った戦棍の柄でもってベアルサの口を……理術詠唱を封じた!
「か、はッ……」
その戦棍を支点として、カヘルは男の背中によじ登る。すなわち左右の騎士長靴の分厚い底に全体重をかけて、ベアルサを押し倒したのだった。
ずざぁっ!!
カヘルは、戦棍でかっ飛ばすだけの男ではない。と言うよりそこで派手に印象付けておいて、相手の予想できぬ泥くさい体術を駆使し、確実に結果を得る。
「制圧! 後方、捕縛ッ」
ベアルサの背に乗ったカヘルに向け、ベアルサ一味の一人が山刀を差し向ける。そこへ音なく入りこむ巨躯、ローディアだ!
だんッ!
側近騎士はまず、カヘルを蹴りかけていたベアルサの右踵を、でかい右足で踏み込んで押さえる。
がきん!
次の瞬間、長剣で頭巾の男の山刀を受けた。そのまま返る太刀をぎんぎんと弾き、くるりと鍔ぜり合いをひっくり返して――ごいん! 肘打ちをまっすぐ男の顔面にぶつけた。
技量が違い過ぎる。ベアルサを組み敷いた副団長を背側に、倒れた男の向こう、ローディアは次の制圧対象に無機質な視線を投げた。
ざっっ!
しかしその男は、突如頭上たかく広がった網に、面食らったらしい。
「うっ、……」
振り払おうとして思わず上げた腕の下に、どッ……。
鞘に入ったままの中剣が重く打ち込まれた。プローメルの渾身の一撃である。そのまま男は捕縛網にとらわれて、波止場のかたい石地に転がった。
残るは一人! カヘル、ローディア、プローメルがさっと顔を上げた時。
び、しッッッ!!
カヘルは驚愕した。
――これは一体、どうしたことだッ……?
腕が脚が、引き攣れて動かない。四肢に経験したことのない、奇妙な重い拘束感がまとわりついて、副騎士団長を封じていた。
「くはっ」
力の脱けたカヘルの両腕を取り除け、カヘルを突き飛ばすようにしてどうにかその全体重下から抜け出すのに成功したベアルサは、口をこぶしで擦りながら立ち上がる。
直属部下らは、やはり同様の目に見えぬ強力な戒めにとらわれて、身じろぐこともできないらしい。
ローディアとプローメルが、剣を持つ手をだらりと下げたまま、立ち尽くしているのがカヘルの目に入った。三人とも、顔と視線は動かせる。お互いを、そして敵を見た。
「歌い続けろ。スターファ」
女の手から理術士の杖を受け取りながら、ベアルサは低く言った。
それでカヘルは気づく、あの上背のある女は覆面布の下で……低く歌っているのだ!
その奇妙な調子に、カヘルは憶えがあった。声そのものは全く異なるが、何か質感を持ったような空気の流れ。≪声音つかい≫ディンジー・ダフィルの歌に通じるものがある!
――この女性が! 我々の身体を、何らかの術で拘束していると言うのか!?
「やっぱりてめぇとは、相容れねぇな? カヘルよ」
港の石地に這いつくばるカヘルを、ベアルサは憎々し気に見下ろした。
「どうしようもねぇ。お前を殺して、シトロもあとでぶっ殺す。このまま海に投げ入れてもいいんだが」
ベアルサは、いびつな笑みを浮かべる。
「その前に、ここまでやられた礼をしないとなぁ? まずは……半冷凍くらいに凍らして。そいで蹴落として溺れ死ぬのを見物といくか」
そう言うベアルサの身体の周りに、小さな白い光が無数にまたたき始めた。
「集い来たりて 我が敵を撃つ 白き氷の華をまといて 敵の半身を凍みくだけ」
ぴき、ぴきぴきぴき……。
ローディアとプローメルは、足元が急激に冷えてゆくのを感じた。
――何だッ!?
冷え性とは無縁のデリアド男児、その中でも特に屈強な正規騎士がびびる程の急激なる温度低下……理術だ!
――くそッ、くそ、動けない! 何だこんなもん、俺たちの副団長の本家ほんもと超常冷気にかなうわけッ……!
ローディアがもじゃもじゃ抵抗する間も、カヘルは最低気温の眼光をベアルサに飛ばし続けている。
しかしベアルサは不良少年のようなちゃらい調子で、カヘルに嘲笑を返した。
「あっは! ちょろー」
その時、である。
「――――集い来たりて 同胞をただせ あやまちの業より 疾く解け!」
ごう……!!
陸地側、緑地のある方角から温かく香ばしい風が吹いて、カヘルの全身を包んだ。
その瞬間、四肢が振りほどかれるように自由な感覚を得る。
はっ、と気づいたように長剣を持ち直したローディアが、すかさずカヘルに駆け寄って腕を取り、引っぱり起こす。プローメルと一緒になって、三人はまたたく間にベアルサと間を取った。
「……何だ? おい、スターファ。歌を……」
「続けてるよ。でも破られた」
「――――いざ来たれ いざ来たれ 群れなし天駆ける光の粒よ 高みより高みより いざ集え……」
カヘル、ローディア、プローメルはそれぞれの得物を構えたが、ベアルサ一味に対峙したまま目を見張る。三人の瞳に、見慣れぬ黄金色の光が反射していた。
「集い来たりて 悪しき物の怪のわざより 我らを隔てる壁となれ!!」
カヘル達の眼前に、淡く輝く金色の巨大な泡が出現していた……。ちょうど三人のデリアド騎士らを守るかたちで、半球の膜はふわりと大きく広がっている。思わず、ローディアはもじゃっと仰ぎ見てつぶやいた。
「これは……。これも、理術ッ!?」
「以降の攻撃いろいろは。もーう効かしまへんでッッ!! ベアルサっ」
その時デリアド騎士らの背後に、頼もしすぎる声が通った。カヘルは振り返る。
獅子頭の術士帽をかぶり、先端こぶこぶの白く輝く聖樹の杖をかざし立つ男性。そこにマグ・イーレの理術士隊長、ファランボがいた。




