シトロの目論見
「別に良いんじゃないのか? ……あたしが教えるからさ」
す、とベアルサの背後に寄った人物が、カヘルに声をかけた。それは女性の声だったが、ずいぶんと上背のある人物である。頭巾と覆面布で、ほとんど顔も見えない。
「シトロは、かなり早くから東部の人間と繋がることを考えていた。あたし達が東部大半島とここを行き来している時に会って、イリーからの協力軍事拠点を作らないか、と持ちかけてきたんだ。エノ軍の牛耳っているテルポシエを通らずに、海路ガーティンローと東部を結んで、エノ軍を挟みこむ布陣をつくろうと言って」
「……」
ばかな、と一喝したいところをカヘルはこらえて聞いている。
――テルポシエ以東へ軍事拠点を作り、イリー勢が東進するなど……! 三百年前の植民以来の、勢力拡大ではないか。そんな動きをティルムンや北部穀倉地帯が、見逃すはずは決してない!
「ガーティンロー宮廷の上のほうにシトロは散々進言したけど、あの国けっこう及び腰だからね。取り合ってもらえなくて、かえって窓際に押し込まれていたところで、あたしらに出会ったもんだからさ? シトロはさっさと故郷に見切りをつけて、あたし達の側へ来るようになったんだ。そうして、シトロはあんたに目をつけていた……。デリアドへ行ったって正面から会ってもらえる見込みはないし、春の戦じゃ軍が一緒だったから、到底耳うちなんざできなかったろうよ。今回の遺骨調査と言うのは、願ってもいない一大好機なんだ、と喜び勇んでいたよ」
胸のうちの動揺はつゆとも見せず、カヘルは上背のある女を冷ややかな視線で見据えた。
「それにしては、あなた方の正体も目的も、シトロ侯ははっきりと伝えて来なかったが」
「まあ、それはそうだろうね」
背の高い女は、すっと手を上げて外套の左袖を押し下げた。ベアルサの杖から放たれる白い理術の光のもと、女の左手首に黒々とした蛇の刺青がうねっているのを、カヘルは目にする。
「何と言っても、天下のデリアド副騎士団長だ。潔癖に拒否されて、イリーの裏切者めとその場で一刀両断されちまったら、元も子もないからね。シトロも慎重にいったまでだ」
「こいつ剣は使わねんだぞ、スターファ。騎士のくせによ? 殺る時にゃ一刀両断でなくて、かなぼうで一撃粉砕だ」
カヘルに向けてあごをしゃくりながら、皮肉と嘲笑を大いに含んだ調子でベアルサが言う。
「んで、どうすんだ。シトロの誘いにのこのこ乗って、ここへ来たってことは、つまり俺たちとの共存に興味があんだろが? 俺はこれでも優しいから、てめぇが配下として礼儀わきまえんなら、こないだの件は砂に流してやってもいい。野望のために、頭さげんのか? カヘルよ」
「……ひとつ貴様に聞きたい、ベアルサ」
「あぁ?」
「≪王の石≫を加工させた石工職人や、デリアド各地で死んだ貴様の同胞のように。シトロ侯にも、≪言呪戒≫の呪いをかけていたのか」
ティルムン人の五十男は、眉間と鼻頭にしわを寄せた。
外国人の言っている言葉がわからず、いやわかりたいとも思わず、軽い侮蔑でもってあしらう時のあの表情で。
それでデリアド副騎士団長は、軽くうなづいた。
「野望野望と、あたかも私が後ろめたい企てを志しているように言うが」
何の感情も読み取れない、氷のような視線にてカヘルはベアルサを刺し見た。
「私は全イリーと、その一翼を担うデリアドのために動いているだけだ」
ずざぁぁぁぁーっ、 かぁんッッッ!!!
身体の真横をものすごい局地的豪風が吹きぬけた……。そんな気がして、ベアルサは目をしばたたく。
次の瞬間、右手にしていた杖がカヘルの戦棍の一打によって宙にはね上げられていた――!
「てめぇッ」
ぎーん!!! カヘル先制打撃、次いで凍れる青い眼光がベアルサの視線にぶつかった。




