仇敵ベアルサ再び
「理術士、ベアルサ」
カヘルは氷点下の冷たさで、宿敵の名を呼びすてた。
「こんなところで。貴様、何をしている」
≪はぁ? お前を待ってたんじゃねぇかよ。若僧カヘル≫
白い光との距離は八十歩ほどか。これだけ離れているのに、怒鳴る風でもない男の低い声が間近に聞こえるのは不思議である。理術の効果であろうか、とカヘルは考えた。
≪せっかくお膳立てしてもらったんだ。とりあえず話すだけ話さねぇか? こっち来いや≫
――お膳立て……?
カヘルは何か、ひどくかみ合わないものを感じた。しかし前回事件、デリアド領内で取り逃がした危険人物と鉢合わせたからには、ただでは退かぬ副騎士団長である。
「ファイー侯」
カヘルはすばやく振り返った。後方にあった緑地内の低い仕切り石壁を、ファイーに視線で示す。女性文官はさっとうなづくと、カヘルの脇をすり抜けて、緑地へと走って行った。
ローディア、プローメルと共に、カヘルは波止場中心へと歩き始める。
戦棍を右手に提げたまま、全神経を研ぎ澄まして白い光の方へ、それを掲げ持つ人物の方へと進んでゆく。副団長の左右では、ローディアとプローメルが各々の剣の握りに手をかけたまま、同様に感覚を解放させていった。
「よう。先月はお前んとこの領地で、楽しかったな?」
白く光っていたのは、男が手にしていた杖の上端だった。こぶこぶが三つ並んだその先、一つめの丸みが陽の光のように輝いている。
明るく照らされた男の顔は、やはり仇敵のそれでしかない。イリー人にしてはやたら日に灼けた革のような肌、白いものの多く混じる金髪を後ろに流して、五十男は今日も軽蔑と嘲笑をふんだんに湛えた表情をしていた。
しかし今日のカヘル宿敵は、一人ではない……。ベアルサの背後には三人が立っていた。全員が外套頭巾を深く下ろし、覆面布を上げている。顔も素性も、はかり知れなかった。
「ベアルサ。貴様には全イリー同盟諸国間において、危険人物の指名手配がかけられている。ここでおとなしく捕縛令に従うなら、身の安全は保障する」
カヘルの言葉は、どこまでも冷たくなっていくようだった。戦役の時、デリアド騎士隊にむけ軍指揮を執っていたのと同じ声だとローディアは思う。側近騎士自身もいま、あの戦時と同じく明鏡止水の境地に入りかけているけれども。
「何言ってんだよ、お前? ……つかシトロの奴、本当にちゃんと説明したのか。あのもうろくじじい」
小首をかしげながら言ったベアルサの言葉は、カヘルたちの意識にびりりと痺れる雷撃のようだった。プローメルとローディアは、はっと目を見開く。
――こいつ、シトロ侯と繋がっているのか!?
――え、じゃあやっぱりシトロ侯の死因は、理術の呪い……!?
「聞くだけ聞こう。話しなさい」
冷えびえと、デリアド副騎士団長は言った。
「その、どうしょもねぇ棍棒しまわねぇのかよ?」
「貴様も杖を携えているではないか」
「……ま、いっか。ほいでな、シトロはどういうわけだか、てめぇを買っててよ。どうでも繋がるように、と俺らに全力でおすすめして来やがった。お前ぇら西のしょぼくれ国家は、全イリーの制覇を目指してんのだろ?」
叔母の野望についてすでに知っているらしい仇敵、その口を戦棍でふっ飛ばしてやりたい衝動を、どうにかカヘルは抑え込んだ。
「目の上たんこぶのテルポシエをぶっ潰すにゃあ、東西両方からエノ軍を叩くのが効率的なんだとさぁ。だから次世代のデリアド軍中枢、カヘル様とは仲良くしとけ、と。以上おわり」
「……シトロ侯は、私に自分のことは何も言わなかった。なぜあの人が、貴様とつるむことになったのだ?」
「何で俺が、あいつの色々話さなきゃなんねんだよ? ひでぇ遅刻だが、追っ付け来んだろ。あとで本人から聞け」
カヘルは眉を動かさなかったものの、ベアルサの言葉に内心ぴくりと反応していた。目の前にいる男は、シトロ侯が死んだことを知らずにいる……?




