オーラン港名物ぶどう巻きを求めて
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旧シトロ邸をあとにした時、マライアー通りからまっすぐ駐屯基地に戻るものとばかりローディアは思っていた。
しかしカヘルは、ファイーに問うている。
「港までは、ここから遠いのでしょうか?」
「いいえ、オーラン港は市内東寄りにあります。大した距離ではありません」
「そうですか。……では皆さん、手早く状況証拠を作りに行きましょう」
そっけないように言うと、カヘルは身を翻した。さかさか、ファイーとともに歩き出してしまう。
瞬時きょとんと顔を見合わせてから、ローディアとプローメルも後に続く。
――あ~、バンクラーナ侯の言ってたやつかぁ!
――あんな冷やっこい顔してるが、副団長だって名物を食ってみたいのだッ。
その通りなのである。めざせ、オーラン港名物≪ぶどう巻き≫。
「こちら、オーランの第二目抜き通りですね。ここをまっすぐ……」
ファイーの経路案内を耳に快く聞きながら、カヘルはなめらかに舗装された石だたみを歩いてゆく。
騎士たるもの、嘘をついてはならない。いや、ごほん、あまりついてはならない……なるべく極力つかないように心がけるべし。よって、『オーラン市内へ名物を食べに行ってきました』という基地からの外出理由をまったき真実とするために、カヘルはぶどう巻きなるものを食さねばならないのだ。
さほど食にうるさくない我らが副団長だが、初めて聞く未知の食物に興味を抱いてもいた。
――ぶどう巻きと言うからには、甘味の一種であろう。干しぶどうをふんだんに巻き込んで焼いた菓子であろうか、うむ上品志向のオーランらしい。
珍しいもの美味なものを、ファイーと一緒に食せば後々の話のねたにもなるだろう、と地味にもくろんでもいる。その意気なり、キリアン・ナ・カヘル!
立ち並ぶ商家の明るさが途切れ、低い樹木の植えこまれた緑地に差しかかった。その向こうに、真っ暗な海の気配がある。
「目的地に到着しました」
「港ですね!」
「……港ですが、」
「……」
「なーんにも、ありませんね……」
ローディアに言われずとも、皆わかっている。小さな港にはひと気も火の気も、何にもない。もやい綱で留め結ばれた舟が、ぎっちり並んでたゆたうばかりである。食べ物商売をしているような店も屋台も、皆目見当たらなかった。波止場の端に、四人は立ち尽くす。
「……名物と謳われるからには、夜に日を継いで営業販売しているものと思い込んでしまいましたが。そうでもなかったようです」
ファイーが乾いた調子で言った。せめてバンクラーナにもう少し詳しく聞いときゃよかった、とプローメルも渋く後悔している。
カヘルは全く、表情を変えない。しかし、すーと右手を上げると……ひとさし指でこめかみをこしこし、かいた。
「残念ですが、空振りのようです」
「しかし、カヘル侯。後で誰かに『ぶどう巻きを食べてきた』と言ったなら、たぶんそちらの方が怪しまれます。夜間売っていないものを買えるわけがないのですから、これはこれで状況証拠になるのではありませんか」
「ああ、そうか。そうですね、ファイー侯~!」
ローディアが同調する傍らで、カヘルの冷気がやや生あたたかく変化した。
「それでは気を取り直して、どこかで素早く軽く引っかけてから、帰営しましょう」(※)
副団長の言葉に、ローディアとプローメルはむくつけき胸のうちをほっこりさせた! 冷やっこいだけの副団長じゃない、と再認識できるのはこういう時だ。……が。
≪待てよ≫
すぐ近くに聞こえた男の声がある。
その声その調子を認識した次の瞬間、カヘル・ローディア・プローメルはファイーを中心にして、背合わせにぐるりと立った!
≪今さら、何を警戒してんだ? ……俺はここだ。埠頭のほう、見てみろ≫
低くざらつく、耳に不快なティルムン抑揚のイリー語……!
カヘルはすでに、右手に戦棍を構えていた。ぎいん、と海の方を睨みつければ……。長く伸びた板張り舟着き場の手前、白く輝くものがある。
「理術士、ベアルサ」
カヘルは氷点下の冷たさで、仇敵の名を呼びすてた。
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※我々イリー人は大半が下戸、アルコールを飲めない体質です。捜査中の副団長がひっかけるつもりだったのも、『ホット・サイダー』あたりでしょう。お酒は成人に達してから♪ (注記とお節介・ササタベーナ)




