カヘルはつぼをてにいれた!
「……?」
プローメルの背後から、灯りを持ったファイーがのぞき込む。
ローディアの脇からカヘルが見ていると、プローメルはそのまま腕をのばして、流し台真下の床に何かを探っているらしかった。
「おっ……。本当に、あるもんなんだな」
かたかたごとり、音を立ててプローメルが片手に引き出したのは、こぶし大の壺である。
「あっ! おつけもの壺」
「梅でしょう、やはり」
側近と女性文官は即座に反応した。しかしプローメルはいかにも渋く、頭を振る。
「めちゃくちゃ軽い。中身は皮紙のたぐいです」
プローメルが揺すると、確かに小さな壺の中でかさこそ乾いた音がした。
「開けてみましょう!」
「いや、ローディア侯。フィングラスで≪ヤフィル≫の身分証を鳥に喰われたことがあるし……。ここは慎重に行かないと」
「え~? でも今は夜ですし、室内なんだから鳥の群れに襲われる心配はないですよ」
プローメルとローディアが言及しているのは、デリアド西域の殺人事件捜査中に起こった、奇ッ怪な現象のことである。山中の廃墟にて、バンクラーナとプローメルが発見した重要証拠の封を解いたとたん、かささぎの群れが襲いかかってきた。せっかく入手した皮紙書類を、破壊されてしまったのだ。いったい何の呪いかまじないか、鳥をあやつる謎の秘儀をこころえた者が、カヘルに敵対する謎の東部組織に存在するらしい。
「鳥はいないが、ねずみが来るかもね」
すぐそばで低ーくぼそりと呟かれて、ローディアはもしゃ・ぎくり、とした。
「そこかしこの闇の中から、どぶねずみの群れが奔流のように湧き上がって。プローメル侯の手中に向かって、なだれ込むかもしれない……むろん我々も、その濁流の中にのまれて……」
「ちょ……ちょっと、ファイー侯! 手燭で顔を下から照らすのやめて下さい、怪談じゃないんですから~」
こわい!
「どうしますか? カヘル侯。たしかに不審なくらい、蜜蝋の封印が厚くしてあるのですが……」
プローメルの問いかけに、副団長は少々ためらった。が、すぐにいつもの慎重路線をとることにする。
「マグ・イーレ理術士のファランボ隊長に、事情を話して協力してもらいましょう。危険性のある封印を、安全に解除するための理術があるかもしれません」
全員が同意してうなづいた。頑健なるデリアド騎士だって、どぶねずみは大嫌いだ。考え得る危険は避けねばならない。
シトロが死亡していることにはもちろん言及しないが、大家の息子に一部の事情を話して、発見した手がかりを持ち出すことを許してもらった。ここでカヘルは、デリアド副騎士団長の威信を使うことにする。自分とほぼ同年代の若い騎士が有名人カヘル侯だと知った時、若い男性は口を四角く開けて驚いた。
「すみません、あの……。じゃあやっぱり、戦棍もお持ちなのですか? きゃっ、本当に! いぼいぼしていらっしゃるッッ」
どうして皆そこなのだ、といつも通り胸中で冷ややかに突っ込んだカヘルは、大家の息子に口止めを頼んだ。
「ええ、それはもう!」
いまやきりっと真剣な顔で、大家の息子は答える。
「行方不明となったシトロ様の詳細が明るみに出れば、当方も請求先がわかるという算段になりますから。どうぞ捜査にご用立てください! 誰にも絶対申しません! デリアドのカヘル様がいらして、梅のつけもの壺をお持ちになったとは!!」




