シトロ邸、発見
カヘルが高めた静かなる緊張感を、毛深い側近および女性文官と渋い直属部下も察知した。そう、油断ならない局面である。
シトロ侯がいかなる意図を持っていたのかがはっきりしない現在、場合によっては家の内にいる危険人物との対峙になるかもしれない。
一行は狭い前庭を通って、玄関へと至る。
「プローメル侯、よろしくお願いします」
「はい」
渋き直属部下は、すいっと玄関石階段をのぼり、たんたんと扉の呼び具を叩いた。
もう一度、た・たん……。いかにも業者的なやり方で。
「はーい?」
内側から、男の声が返る。
「どうも、夜分にすみませーん。ちょっとおたずねしたいのですがー」
プローメルの背後、もさもさとかさばる側近の巨躯に半ば隠れる形で、カヘルは扉が開くのを待った。剣呑たる対面を予期し、目立たぬようにと配慮している副団長である。
「はい。……これは騎士さま方、どうなさいました?」
室内の明るさとともに外に出てきたのは、若い男性だった。冬場だと言うのに麻の短衣の袖をまくり上げて、暑苦しいと言いたげな格好だ。
「ごめん下さい。こちらに、ガーティンローの騎士の方がお住まいと聞いてきたのですが、あっていましたでしょうか?」
「えっ、……」
途端、男性の声にかすかな警戒がこもる。何かあるなとカヘルは素早く察知したが、それはプローメルも同じだったらしい。直属部下は即座に切り札を使った。
「いやはや、遠方の故郷から出てきたばっかりなもので。在所もいろいろと聞かされたはずが、全然おぼつきませんで……、やっぱり、間違っていましたかー」
微妙に語尾を間延びさせるデリアド訛りのイリー語に切り替えて、プローメルはしょぼんと言ってみせた。それで若い男性は、目の前の一団が全員、黄土色の騎士衣を着ている意味に気づいたらしい。
そう、黄土色の騎士と言えば……デリアド! デリアドと言えばイリー最西端、さいはての国! 人間よりも牛と馬と羊とやぎの方がだんぜん数が多い、とにかく森々やまやましたところ……。どいなか国(偏見)から、はるばるいらした皆さまなのだ!!
「いえ、いえいえ……。こちらで合っていますよ。シトロ様のことを仰っているのでしょう?」
「ええ、そうなんです。上司からことづけを預かってきたので、ご本人かご家族にお会いできますか」
若い男性は警戒から一転して、いなか者をいたわる表情になった。
「あの……。寒いところで立ち話もなんですし。内へどうぞ」
入ってすぐ、一同は違和感を感じた。
玄関の小広間は暖かく、灯りもたくさん入っているが、調度品のたぐいが何もない。どころか床板がところどころ剥がされて、工事改装中の様相ではないか。
廊下の奥の方で、資材を片付けていたもう一人の男性が、カヘル達に向かって軽く頭を下げた。
「これは……」
若い男性は、プローメルを見てうなづいた。
「ええ、ご覧の通りなんです。たしかにこの家には、ガーティンロー騎士のシトロ様が長くお住まいだったのですけど。少し前に退去されまして、いまは次の入居者のために、改修工事をしているのです」
若い男性ともう一人は、大家の息子たちだった。仕事の帰りに工事の進み具合を見に来ていると言うが、自分たちでも少々手を入れている様子である。
「困ったな! シトロ侯がお引越しされていたとは。移転先や連絡のつく方を、ご存知ありませんか?」
大げさに驚いてみせるプローメルに、若い男性はぎゅっと顔をしかめて見せる。
あまりに苦々しいその表情は、シトロ侯にまつわるきな臭い状況をカヘルたちに伝えるのに、十分な説得力があった。若い男性は、うめくように声を絞り出す。
「……実は当方としましても、シトロ様のゆくえを探しておりまして……!!」




