オーラン潜入、レッツゴー
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カヘルを筆頭に、ローディア、プローメル、ファイーの一行はデリアド駐在騎士の宿舎を出た。
オーラン騎士たちが上品に出入監視を行う、基地門を通る。紫紺外套の騎士らと目礼を交わしながら、ふとカヘルは思いついたことをたずねてみた。
「こちらには、一般人向けの出入門限はあるのですか?」
一瞬、不思議そうな顔をした守衛役のオーラン騎士は、すぐに上品に答える。
「はい。業者などは夜の七ツまでとなっております。各国軍関係者の皆様であれば、所属お名前だけ伺って何時でもお通ししますが」
青く暮れ切った中に、すぐ眼前にそびえるオーラン市外壁の灯りが浮いている。東市門へと続く道をじゃかじゃか速足で歩きながら、カヘルは言った。
「あの調子では、シトロ侯は二日前の夜も、ごく簡単に基地内へ入れたのでしょうね」
「ええ。引退したことまでは、オーラン騎士には知られていなかったでしょうから」
ローディアが、もじゃつくひげの下で低く答える。
「……私が彼と会ったのは、夜九ツの頃です。その後シトロ侯が市内に一度帰宅して、服装を変え、馬を使ってテルポシエまで移動したとするならば。シトロ侯が最後にオーランを出たのは、夜十の前後でしょう」
ごく自然に考えた場合、そうなる。基地とオーラン市の間は、馬を使うのがむしろ面倒なくらいに近いのだ。しかしテルポシエまで行くには、どうしても馬が必要になる。
「その時間で夜間の配達馬車あいのり、という選択肢には難がありますね」
カヘル後方から、プローメルがぼそりと渋く言ってよこす。
「オーランとテルポシエの間は、夜八ツ以降の配達通行禁止が、基本的にまだ解除されていない状態です。安全保障なしで突っ込むような、もぐり業者の馬車をつかまえたのなら話は別ですが……」
今もすでに夜間帯である。
頑強な厚板張りのオーラン東市門は、半開きだった。しかし黄土色の騎士小集団であるカヘルらを見て、町の守衛らは何も問わない。各国の駐在騎士らが市内へ遊びに来るのに、慣れているという風だった。
海に面した小高い丘、その頂上に小さな宮城をいただくオーラン公国は、市全体が宮に続くゆるやかな斜面の上にある、と言える。夕刻の通り雨に濡れた石だたみが、店先や家の窓からあふれる数多の灯りに照らされて輝いていた。同時刻のデリアド市内よりも、ずっと明るい。
マライアー通りと言うのは、夜目にもお高級そうな邸宅の立ち並ぶ住宅街である。
そこかしこから窓枠の光がもれ出て、いまだ人通りも多い。すれ違う人々は誰もが上品に着飾った紳士淑女ばかり、夜会にでも行くところらしい。
しかし、シトロ侯が住んでいたと言う≪白っぽい邸宅≫は、なかなか見つからなかった。おおよそが褐色の石組み屋敷ばかりである。
「変ですね。マライアー通りの端から端まで歩いたというのに……」
ぼつり、とファイーが呟いた。地勢課女性文官がそう言うからには、事情がおかしいのだ! ファイーの経路案内に絶対的信頼を置いているローディアが、毛深い胸のうちでそう思いかけた時。ふと側近の目に入った家がある。
「あ、ちょっと待って下さい……。あの家がそうじゃないですか? 蔦の葉が茂りまくっているせいで見えにくいですが、もとの壁は白っぽいですよ」
マライアー通りが、斜めに曲がり込む道と交差して終わっているその末端に、寂しい外観の家があった。立派な構えではあるが、周囲の邸宅と比べるとずいぶん古びている。家にも庭にも手が入っていないということが、暗い中でも顕著に知れた。
しかし、窓枠からは光の線が浮き出ている。人が住んでいるのだ。
――そこにいる人物として、いちばん有力なのはシトロ侯夫人であろう。しかし、親縁者やシトロ侯の賛同者の可能性も大いにある。その場合はシトロ侯同様、私と叔母上の計画について深く知り、関わろうとしている者なのだから――いっさいの油断はならぬ。
デリアド副騎士団長は不測の事態に備え、素早く外套かげのいぼいぼ戦棍に触れてその位置を確かめる。




