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冷えひえ捜査会議・第二夜

 

・ ・ ・ ・ ・


「かなり不自然かとは思いましたが。遺族の皆さんが作業している間、様子見とテルポシエ巡回騎士らに言い切って、安置所の死体をもう一度見てきました。特にあらたに発見したことはないのですが、……ひとつだけ、気になった点があります」



 オーランのイリー混成軍駐屯基地に戻った、カヘル一行である。昨夜と同様、デリアド騎士宿舎のローディアおよびノスコのへやに集まって、カヘル以下黄土色衣の騎士らは捜査会議を催していた。


 ふたつの寝台に膝を突き合わせるように向かい合って、ファイーとローディア、ノスコ、バンクラーナが座っている。



「どうぞ。ノスコ侯?」



 その皆の中心、お誕生日席的に置いた腰掛の上で、ずーんと腕組みを構えたカヘルが冷えびえと言った。



「はい。ほんとの本当に微妙なのですが、死臭・・が妙でした」


「……」


「そもそも死臭は妙な匂いではないかと、副団長はじめ皆さんが思われるのはよくわかります。私も同感なのですが、あの死体からは死臭がほとんどしないのですよ」



 若き衛生文官ノスコの発言に、一同は眉をひそめた。



「少なくとも、あの男性は死亡してからまる一日以上が経過していますし、さすがに色々と匂ってくるはずなのです。単に個人差ということもありますが、少々気になったので報告いたしました」


「なるほど、気に留めておきましょう。ときにノスコ侯、死体の足裏を見ましたか?」


「はい! つるぺかとしていて、いまわしき白癬その他の兆候はありませんでしたッ」



 カヘルは顔色を変えず、衛生文官の顔をじっと見ている。



「そうではなくて。靴底は確認しましたか? 黒霧茸がこびりついていたか、どうか」



 衛生文官は目と口と、ついでに鼻孔もまるまると丸く開けて、ぎくりとした表情をつくった。誰の目にも明らか、全然まったく注目していなかったと見える。



「ああ、靴底なら私が昨日見ました。それこそ、つるぺかとして特に汚れや泥などはなく、乾いていましたが?」



 バンクラーナが助け舟を出す。



「しかし、なぜ靴底を? カヘル侯」



 そこでカヘルは、今日ランダル王と一緒にドルメン内部で見た光景について話す。



「妙ですね。確かに王の言う通り、あの手の茸はごく短時間のうちに繁茂し、滅亡してしまうことがありますが……。それを可能にした環境変化が、ドルメン内部で起こっていたと言うことになる」



 びしびしと圧のきいた口調で、ファイーが言った。今日の女性文官は、ずっとマグ・イーレ遺族の判別作業に手を貸していたから、ドルメン調査もできていない。そして彼女の従兄いとこの遺品も、見つからないままだった。



「遺体の靴底に、黒霧茸のこびりつきがなかったと言うことは。つまり男性……シトロ侯がドルメン内部に入った時、そこに黒霧茸は生えていなかった、ということになります」



 ドルメン内部で死亡していた男性を、ガーティンロー騎士シトロ侯と認識する。


 捜査会議はじめに、カヘルは一同にそう明言しておいた。


 そしていま発された副団長の言葉に、ローディアはもしゃもしゃと小首をかしげる。黒霧茸はシトロ侯がドルメン内部に入って息絶えた後に、もっさり生えた……。カヘルはそう主張したいらしい。



「細かいことです。特に事件とは、直接かかわりはないのかもしれませんが……確認までに」



 カヘルが冷えびえと言った時、へやの扉が控えめに小さく叩かれて、プローメルが音もなく入って来た。



「遅くなってすみません。ガーティンローの一般駐在騎士たちに、話を聞いてきました」



 市井の人々の中に、さりげなく入っていくのが得意な渋い直属部下である。プローメルは今夜も、ガーティンローの騎士らに滞在事情を詳しく聞いていた。



「今いる一般騎士たちの中に、シトロ侯を直接知っている者が二名いました。両者とも、ひと月前の引き継ぎ以降は全く見ていない、と」



 そのうち一人は、新人時代にシトロ侯の配下だったことがあった。旧知のよしみから、お引越しに人手は足りますか、と礼儀正しく助力を申し出たそうである。業者をすでに手配したから、とシトロ侯は断ったらしい。



「長期滞在をする幹部騎士は、オーランの東門付近に住まいを借りて、そこに家族と暮らしているらしいんですよ」


「ふむ」



 何気ない情報に、何気なくうなづいたカヘル達である。しかしその実、胸中ではみな震撼していた。


 イリー屈指の金融大国オーランの地価は、当たり前だがぶっちぎりにお高い。その驚愕の家賃を、駐在騎士の家族のために捻出できる余裕はデリアドにはなかった。いや我らが副団長の故郷だけではない、ほとんどの国がそうだ。だから駐在騎士というのはおおかたが単身赴任、カヘルたちが今いるような基地宿舎に住んでいるのである。


 そんなところへ、幹部のみとは言え家族ぐるみでの滞在を支援できると言うのは、さすが富裕なるガーティンローである。貴石発掘を基盤とした一大財力をもつ、かの派手国の国力顕示でもあった。


 ふいに気付いて、ローディアはもじゃっと口にしてみる。



「……ひょっとしたら。退役後、ガーティンロー本国に帰ったと見せかけて、シトロ侯はずっとオーラン市内に住み続けていたのではないでしょうか? カヘル侯」


「ええ、ローディア侯。その可能性は大いにありますね」



 シトロ侯は当地オーランで引退あつかいとなったのだから、その後ガーティンロー宮廷に出仕する必要もなかったはずだ。オーラン滞在をのばしたとしても、誰かにとがめられることはなかったのだろう。



「しかし、何の目的で? 普通、さっさと故郷へ帰りたがるものじゃないですか?」


「それこそ、独自に行っていた何らかの活動……諜報に、本腰を入れ始めていたのかもしれない。カヘル侯が遺骨調査の監査役としてオーランへ来ることを、待ち構えていたんだろうか?」



 ノスコとバンクラーナが、低く意見を言い合っている。



「えー、でもシトロ侯には奥さんがいたのでしょう? そうそう勝手はできなさそうですけど」


「そうなのだ、恐ろしい奥様が……。 あっ」



 自分で言いながら、はっと気づいてバンクラーナはカヘルを見た。



「カヘル侯。ひょっとしたらシトロ侯の夫人が、まだオーラン市内にいるのでは……?!」


「行ってみる価値はあるでしょう」



 かた、たッ! 全員が一挙に立ち上がった。



「プローメル侯。シトロ侯宅の在所は聞きましたか?」


「東区マライアー通りの、白っぽい邸宅とだけ」


「行けばわかりそうなところですね。バンクラーナ侯とノスコ侯は、こちら駐屯基地に待機。何か勘ぐってくる者がいたら、適当にあしらっておいて下さい」


「はい、カヘル侯。オーラン港名物≪ぶどう巻き≫を食べに行った、とでも言っておきましょう」


「……何ですか、それッ?」



 別方向に興味を見出したらしい衛生文官を、やんわり押しのけるようにしてファイーが前に出た。



「一応、オーランの市街図も確認してあります。本官の経路案内はご要り用ですか? カヘル侯」


「ええ。同行して下さい、ファイー侯」




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