鑑定騎士、大活躍
カヘルが天幕に戻ると、毛深い側近とプローメル、ノスコとファイーが出入口間際に並んで立っている。
ひとり足りないなと思いカヘルが卓子の方を見ると、バンクラーナがファイーの伯父の横に座っていた。長め金髪を頭の上半分ひっつめて括り、綿手袋をはめた手中に革製品の一部を持って、凝視している。
「……バンクラーナ侯が手にしているのは、どのご遺族も判別できなかった品々なんです。少しでも手がかりを見つけられないか、と」
ローディアがそうっと、カヘルに言ってきた。側近騎士がもじゃもじゃした手で抱えているのは、バンクラーナの黄土色外套である。
「我々は監査役です。本来なら、遺品の調査活動そのものには参加しないはずですが」
冷ややかにカヘルは言い、ローディアからバンクラーナへと視線を移す。直属部下は毛織に軽量鎖付革鎧の姿で、こちらに背を向けていた。
「……ですが一個人として、鑑定の知識を万人のために役立てようとするのなら。騎士道にもとづく行いを、私は阻もうと思いません」
言いつつ、カヘルは肩を小さくすくめた。
「少々暗い気がします。外にいるテルポシエの巡回騎士に、手燭をお願いしてきましょう」
「あ、では私が……」
低い声で話しつつ天幕を出かけたカヘルとローディアの背後で、声が上がる。
「ご遺族の中に、フィングラス辺境と接したテンボーレ森林地とゆかりのある方はいませんかー?」
バンクラーナが呼びかけているのである。
「はて」
「存じませんな」
遺族たちはごそごそと囁き合った。
「おい、ヌミアス侯。貴侯のところの奥さんは、ヨレヤの出身と言ってなかったか?」
「いや、あそこはテンボーレとは違うておるぞ」
卓子の隅のほうで、肘を小突き合っている老人たちがいる。すいっとファイーが近寄って行った。
「確かに分団管轄は異なりますが。地域的には十分に、大きなテンボーレ森林地と言えますよ」
「えっ……?」
不思議そうな表情で女性文官を見た老人の横に、バンクラーナが立って行く。
「これは、矢筒の革帯部分だと思うのですが。滑り止めを修繕するのに使ってあるのが、テンボーレ織の組紐なんですよ」
「……」
「例えば、ご子息が奥さま実家へ行った時に壊れてしまったのを、向こうの方が直してくれてそのまま使っていた……ということはないでしょうか?」
老人はバンクラーナの切れ長双眸を見つめ、次いでその手中のちぎれた革帯を見る。ふるふると右手を伸ばして、それに触れた。
「そう、……そうです……! 準騎士の頃に向こうで狩りをしていて……、外れてしもうたのをヨレヤのじい様ばあ様が直してくれたと、 ……あああああ! オルトアッッ」
これまでに一つも遺品を見分けられず、焦燥に疲弊していた老人の顔がふわりと広がった。息子の名前が喉から、大粒の涙が目からあふれる。
左腕で革帯の破片を抱きこみ、うつむきながら老人は右手でバンクラーナの腕をつかんだ。
「ありがとう、……ありがとう、侯! 私ひとりでは、絶対に見つけてやれなんだ……」
老人の腕をさすり返してやっているバンクラーナを見て、情の深い側近ローディアは毛深い胸のうちを熱くしていた。
――すごい。すごいぞ、バンクラーナ侯! なんて良い仕事をしているんだっ。
渋い顔つきを崩さず天幕後方に立っているプローメルも、内心で思っている。
――でもってファイー姐ちゃんの頭の中には、マグ・イーレの全域詳細地図も入ってるってことだな……。
「やはりその道の専門家と言うのは違います! たのもしい限りです! この調子でどんどん遺品判別が進むと良いのですが。もも色みかんの女神様、どうか彼らに力を与えたまえッ」
プローメルの脇にいるノスコが、低い声にこぶしをきかせながら呟いている。それを耳にしたカヘルは、若き衛生文官のことが再び心配になってきた。
・ ・ ・ ・ ・
ランダル達は、鐘二つが鳴るとともにちゃんと墓所へ帰ってきた。
北門のところでそっと待っていた、テルポシエ巡回騎士が一緒に歩いて何ごともなく無事に済んだ、と言う。
「……地元の史書家の方と、たいへん有意義な意見交換をいたしました。今後、お互いの研究にて大いに役立つでしょう。本当に皆さん、ご協力ありがとうございました」
エノ軍幹部のウーディクやパスクアにもていねいに礼を言っているが、その表情は妙に疲れ果てているように見える。
「心配をかけました。ごめんなさい、カヘル侯」
寂しげにそう言ってきた以上のことを、ランダルは何も口にしない。以降は作業終了時刻まで、王はロランと一緒に遺族の間に座って仕分けを見守っていた。
背後に立つブランは、全く何の変容も見せない。朴訥とした態度と面持ちで、さりげなく天幕内外の空気に気を配っているらしい。
こーん……。
再び、テルポシエ市内から時鐘が響いてくる。一番最後に火葬を済ませた遺族の組が天幕に戻って来て、二日目の調査作業は終了となった。




