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腹ぺこ王様ご一行、いらっしゃ~い

 からからから……。


 ランダル王と古書店主ロラン、護衛のブラン青年をのせた荷馬車は軽やかに走り出す。テルポシエ市の北門はすぐ目の前、歩いたって大した距離ではないのだが、それでも馬車ですばやく移動した方が、狙撃急襲その他の危険を避けられるにちがいない。……と、カヘルは自分に言い聞かせる。もんもんぎりぎり、うつくしき額にぶち立てた青すじを震わせながら、副団長は耐えている。馬車の後ろ姿は、すぐに小さくなった。



「大丈夫っすよ、カヘル侯。そこそこ格もあって、きちんとした店なんで。心配要らないっす」


「……」



 天幕方面へ戻るよう、歩きかけた身体の向きで促すウーディクと、テルポシエ市壁とを副団長は交互に見る。見てから仕方なしに、カヘルも歩き始めた。


 ここで変に固執したり、体を張って止めたとしても、エノ軍やテルポシエ巡回騎士らは不審に思うだろう。逆にランダルの身分が疑われかねない。



「あれでしょう。先生はマグ・イーレの人だから、テルポシエもんにからまれたり、因縁つけられたりしないかって、心配なんじゃないすか?」


「……ええ。そうなのです」


「ですよねー。けど一般市民のあいだでは、そういう……敵愾心てきがいしんっつうんすか? 目の仇にして喧嘩ふっかけてー、ってのはないんすよ。実際に船でも陸路でも、商売でテルポシエに来るマグ・イーレ人はいっぱいいます。こっちとしても、マグ・イーレ特産の塩がなければ、めしがまずくなるってのはよくわかってるから。マグ・イーレ人とわかっても、たいていの人は何くわぬ顔っすよ」



 カヘルは隣を歩くウーディクにうなづく。


 それにランダルは、店の者が迎えに来ているとも言っていた。土地のものが一緒なら、さらに危険は少なかろう、と思い直す。カヘルは静かに鼻から息を抜いた。



――ブラン・ナ・キルス若侯に。いやむしろその背後にいるフラン・ナ・キルス老侯に、王の安全確保を一任するか。




・ ・ ・ ・ ・



「あっ、パンダル。あの人じゃないのかい? 店からのお迎えって」


「本当だ、旗を持っているね。えーと、……でも……」



 テルポシエ北門。外部に広がる野と、市内とを区切る堅牢な市外壁を過ぎたところで荷馬車から下り、続く市内壁を≪史学者パンダル・ササタベーナ≫として平和的に突破したランダルは、検問所の少し先にたたずむ男をみて安堵しかけ……震撼した。


 ほそみ長身に砂色長髪、なんとも野性的なる風貌の男が、ずどーんと立っている。


 きちんとした人間の姿であり、白い麻衣に帆布の上下と市民的な身なりをしているのだが……。その男は何かこちらの本能をびびらせるものを、内部に湛えていた。理由なき罪悪感をかき立たせるようなぶっちょうづらに、カヘルおよび正妃ニアヴとはまた違った種類のするどき眼光……! 要するにたいへん怖い雰囲気の男が、店のしるしというひまわり刺繍入りの三角白旗を持っているのだ!

 

 男はつかつかと、三人に向かって歩み寄ってきた。ごく自然なしぐさで、ブランがランダルのななめ前に出る。護衛の青年の背中に、警戒が浮き出ていることを王はもちろん察知していた。



――ぬううッッ。まさか、まさか! 何かの罠にはまってしまったのであろうかッ!? こんな怖い人がいる店だなんてッ!



 ランダルとロランがびびりかけた腹底に力を込めた、その時である。


 獣人めいた長髪男の背後から、ぴょこんと女の子が出てきた。



福ある日をこんにちは。ササタベーナさまのご一行でしょうか?」



 イリー風のこざっぱりした紺色外套を着て、きれいにくくったうねる暗色髪のおさげ左右に紅色のてがら・・・を飾っている。東部ブリージ系の少女だった。


 めいっぱいの緊張が、そのまま頬ぺたをあかくしている。一生懸命に言ったのは、実にただしい抑揚の正イリー語だった。



「はい、そうです。お嬢さんに、福ある日を」



 娘のロイよりずっと大きいその女の子に、ランダルは穏やかに答えた。


 女の子はうなづく、その隣では獣人が牙を……ちがった、歯をむいた。本人は笑って、歓迎しているつもりなのである。



「ようこそ、テルポシエへ。ご案内いたします」



 はにかむように言う、女の子のその若さがあまりに眩しくて、ランダルはつい目を細めた。



「≪金色きんのひまわり亭≫へ、いらっしゃいませ!」





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