カヘルVSランダル王
「カヘル侯。私とロラン、ブラン君の三人は、今からテルポシエ市内へ行って参りますッ」
かこんッ!!
ドルメン入り口のそば、カヘルの後方にいたカオーヴ老侯が、口を四角く開ける音がした。カヘルも本当はそうしたいところだが、デリアド副騎士団長は表情を崩さず目を瞬くだけにとどめる。
「個別行動の予定は、全く聞いておりませんが」
「聞いてなくても、今聞きましたね! これはニアヴさんの許可を受けた、特別ひみつ使命なのです。どうか行かせて下さいッ」
ぐうううううん、と王圧のみなぎる表情でランダルは言った。
「他言は無用ですよ、カオーヴ老侯ッッ」
「はッ。それでは、作業に戻りまするッ」
ランダルが主君であるだけに、カオーヴ老侯は何も問わず回れ右をし、そそくさと天幕の方へ歩いて行った。
しかしカヘルはマグ・イーレ騎士ではない。よってこのおじさんに対し、拒否権を発動することだって可能である。特にとんでもない、めちゃくちゃ行動を実践されそうな場合には!
「さすがに無理と言うものです、先生」
権威圧にカヘルは怯まず、ぎいいいいいんと冷徹なる冷えひえ眼光でもってランダル王を見た。
好敵手たる国の首邑に、一般人のふりをした王を入りこませるなど! 冗談ではない、寝言は寝て言え。むしろ副団長は不眠ぎみだ!
「我がマグ・イーレ王室の存続をかけて、私と言う個人がニアヴさんの役に立てる一世一代の機会なんですよ! お願いだから黙って行かせて、カヘル侯ッ」
「だめです。人質にでも取られたら、むしろマグ・イーレ滅亡が早まります」
「ぬうッ、何と冷たい切り返し……さすがだ! て言うか、ニアヴさんの眼光にそっくり同じすぎて非常に怖い! ここはもうエル・マグ・イーレの称号にかけて、王命を発動するしかないのかぁぁぁッ」
割に熱いランダルと、通常仕様に冷やっこいカヘル。二人がぼそぼそと真剣問答をしているところへ、王の心の友にして古書店主であるロランが割り入ってきた。
「ちょっと、ちょっとちょっと……しぃー!! 向こうさんが来るッ」
「学者さーん。そろそろ時間でしょ? 市内に行くっつう農家の荷馬車が通ったから、つかまえといたよ。行った行った」
おもしろ顔の若いエノ軍幹部が、気安く言いながら近寄ってきた。ランダルが、それにはっと顔を上げる。
「えーっ、助かります! どうもありがとう……、それじゃ行ってきますねカヘル侯。絶対ぜったい何がなんでも、午後の二つ鐘には戻りますから!」
嬉々として、さっさと墓所の入り口方面へ足を向けるランダルに、カヘルは速足でついてゆく。
「どういうご用件が」
つい語尾が震えた。怒り心頭の副団長の超常冷気を、食らうがよいマグ・イーレ王ッ!!
――いったいいつの間に! きゃつらエノ軍幹部とも、外出の話をつけていたとッ!?
「学術関連で文通している方と、お昼を食べるのですッ」
ざかざかざか、すごい勢いでランダルとカヘルの足が丈の短い草を踏んでいく。何だかもう、摩擦で燃えるのじゃなかろうか。
「この調査への参加が決まった時から、連絡してましてね! ぎりッぎりでお約束を取り付けたのですよ。我らがイリー諸国史を紡ぎ続けるもの同士として、一期一会の大邂逅なのです! むしろ私たちのお昼が歴史的瞬間になるかもしれないので、何をどうしても会いに行くのですよぉッッ。にしてもウーディクさん、荷馬車をつかまえてくれるなんて、ほんとご親切に」
「あー、いいんすよー。予約してんのが、≪金色のひまわり亭≫って聞いちゃあね~」
「おや、ご存知なのですか?」
「ええ、すんげえうまいとこっすよ。俺もパスクアさんもお気にっつうか、まぁ応援してるんで。……でも、あそこって南区っしょ? 道とかわかるんすか、先生」
「実は、北門にお店の人が迎えに来てくれているんです」
「なーんだ、そいじゃ安心だ。迷って遅れないよう、帰りも必ず送ってもらってね?」
「はいはい」
墓所前の道に、農家の荷馬車がとまっている。ランダルはくるッとカヘルを見、もう一度王圧を発揮して低く言った。
「それではカヘル侯。イリー史発展のために、我々は行ってきます! 必ず時間通りに無事に帰ってきますから、どうか私を信じて! 待っていて下さいッ」
そう言って、ささっと馬車の荷台に乗ってしまった……。続いてロランが乗り込み、ブランがひょいっとその後部に座る。
のっぽ青年が、一瞬きらりとカヘルを見た。そのブランの視線が……。静かに穏やかに、ぐさりと刺さってくるような、あのマグ・イーレ騎士団長フラン・ナ・キルス老侯とまるきり同じだったから、すんでの所でカヘルは阻止を踏みとどまった。




