ドルメンの奇妙な謎
「おや、あれは?」
カオーヴ老侯が不意に発した朴訥な声に、カヘルは顔を上げてそちらを見る。
「へい……おっととと。学者先生は、岩家の調査をしていらっしゃるんですかの。つい先ほどまでは我々と一緒にいて、遺品判別を手伝ってくださっていたのですが」
テルポシエ巡回騎士らが遠巻きに見守る中で、ランダルと護衛が巨卓子の内部に入っているらしかった。入り口のすぐ外側にいたロランが、カヘルとカオーヴ老侯に気付く。
「あっ、カヘル侯」
「先生は、ドルメンの調査ですか?」
「ええ。と言うより彼は今、苔のほうが気になっているようですが」
「苔じゃありませんってば、ロラン。黒霧茸、きのこの一種ですよ。これは」
光の下に出てきたランダルが言った。
「何気なく見ただけなのですがね、……カヘル侯。ちょっと変な点があるんです」
極小ぼそぼそ声で、マグ・イーレ王はカヘルに囁く。次いでロランに目配せをし、一転してわかりやすい声をあげた。
「典型的な扉門式のドルメンと、やや差異がある感じなので~。支石を数え直しますから! どんどん筆記していってね、助手のロラン君~??」
「はいはい、了解ですパンダル先生。どしどしどうぞー」
文系おじさん二人は、妙に張り切ったやりとりをした。監視役のテルポシエ巡回騎士達に聞かせているらしい。
ロランは板の上にのせた筆記布に、絶えず硬筆で書付けをしながらつぶやく。
「くくく、実際に書いているのは『くろばね』次号用の、近況活動報告なのさ……」
ランダルに続いて、カヘルはドルメン内部に入った。遺品が積まれていたところは今は完全に空になっていて、昨日とちがい広々とした印象がある。マグ・イーレ遺骨調査団が去った後、エノ側が軽く清掃したのかもしれない。
「……おや」
ドルメン内部では、ブランが携帯式の松明を掲げている。その灯りに照らし出された石室の中を、奥まで見やってカヘルは思わず声をもらした。
「先生。床が……」
「ねっ。おかしいでしょう?」
ドルメン内部がやたら広く感じられたのは、遺品が全て天幕に移されたから、と言うだけではなかった。奥の方の床部分に厚く茂っていた黒霧茸が、そっくりなくなっているのである。
ランダルとカヘルは、奥の突き当り周辺まで進んでから床部分を凝視した。
「昨日見た時は、指二本ぶんくらいはこんもりしていたはずですよね? エノ軍が体面を気にして大掃除したのかとも一瞬思ったけど、どうもそうじゃないんですよ。ほら、この辺」
ランダルは左側の床部分、壁となっている支石の近くを指さす。
そこに黒々とこびりついたしみが、松明の灯りに照らされている。しいて言うなら、夏の陽に乾かされた磯の海藻のようだ。
「換気口がつっかえちゃってるのに気がつかなくて、一気に洗い場に生え栄えたかびが、風通しをよくした途端に息絶えた、って感じですよね」
あまりに具体的かつ生々しい例えに、王は経験がおありなのだろうかとカヘルは考えた。
「ひと晩で、ここまでかさが減るものなのですね。遺品が取りのかれて風通しが良くなった、ということでしょうか?」
「それがね……。ブラン君、こっちに来て下さい」
「はい先生」
のっぽの青年から松明を受け取ると、ランダルはもう片方の手で首巻きを鼻まで上げる。そろりそろりと巨石の継ぎ目部分に沿って、松明を動かしてゆく。小さな炎は、すっと真っ直ぐ背を伸ばしたままだ。揺れず、ぶれない。
「……わかります? 全然ないんですよ、風の通りが」
気づいて、カヘルはほんの少しだけ目を丸くした。
「今日は風も少しあるし、ずいぶん湿気が大気に含まれてもいる。それなのに我々のいるこのドルメン内部は、空気の動きもなく妙に乾ききっているのです。出入口は、正面どかんと開いているのに……ですよ?」
むはっと首巻きを下ろして言ったランダルの言葉に、ようやく松明の炎が揺れた。隣でのっぽのブランもうなづいている。
「めちゃめちゃおかしいです、先生。なんか俺、ここの中にいるの気分よくありません」
「本当ですね! 私も同感ですよ、ブラン君。さ、出ましょうか……。カヘル侯も」
明るいところに出かけて、カヘルはふと思い出したことがあった。
「先生。エノ軍幹部の二人は、昨日このドルメン奥に入った時、黒霧茸にかなり驚いていました」
パスクア達は、何と言っていたか……。そう、彼らは調査団の来る前日に、このドルメンを確認していたらしいのだ。濃ゆい潮野方言ではあったが、そこの辺りは何とか意味が取れたように思う。
「その際に生えていなかった黒霧茸が、たった一日でこれだけ厚く茂るのかと、いぶかしんでいたようなのです」
カヘルの言葉に、ブラン青年が高いところにある顔をひねる。
「えっ? じゃあこの黒いやつはたった一日でもこもこに生えた後、やっぱり一日でかぴかぴになっちゃったってことなんでしょうか?」
「かび、及びとこじらみの繁殖速度をあなどってはいけません、ブラン君。黒霧茸が外気の影響を受けて衰退するのは、そこまで不思議じゃないのですよ。おかしいのは、……」
のっぽの護衛役は実に生徒らしく、おじさん王はどこまでも先生らしく話している。
「奇妙きわまりないのは、この遺構内部の空気の変調です。茸を生やすほど湿気を保有していた場所が、一転して極度に乾燥するだなんて……。あ、ほら、この扉石を境にして、何だかもう全然ちがう」
外に出た途端、もわりと湿気を含む空気がカヘルの頬をなでた。確かに意識しなければ気に留めることもなかったが、ランダルの言う通りドルメンの内外では全く空気が異なっている。単に室内外の差と言うには、その違いは異様すぎた。イリーの家に入ってゆく時に、こんな感覚はまずおぼえない。
「≪巨石記念物≫は周辺環境に少なからず影響を及ぼすことがあると、以前ファイー侯が言っていました。このドルメンにも、何らかの作用があるのではないでしょうか?」
カヘルの言葉にうなづきながら、ランダルは紐で頭の後ろにさげていたつば広帽子をかぶる。その下で王の双眸がきらりと光ったようだった。
「そうですか。読んだことはありましたが、肌で触れて実感したのは初めてです。あとでファイー侯に、詳しく聞いてみましょう……」
こーん……!
その時、テルポシエ市内から時鐘が響いてくる。
「十一の捨て鐘だ、パンダル」
「むっ。時間か」
ランダルとロランは、書類ばさみと筆記布、携帯用硬筆などをすばやくまとめて各々のかばんにしまい込む。そしてマグ・イーレ王は、きりっとカヘルの方を向いた。
「カヘル侯。我々三人は今から、テルポシエ市内へ行って参りますッ」
かこんッ!!
ドルメン入り口のそばにいたカオーヴ老侯が、口を四角く開ける。いきなり過ぎる王の言葉に驚いて、うっかりカヘルもそうするところであった……。




