マグ・イーレ騎士たちの最期
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現地調査二日目。マグ・イーレ遺骨調査団は前日同様、エノ軍幹部と草色外套の巡回騎士に誘導されてイリー街道を東にゆく。シュターン集落に馬を預け、湿地帯内の小道を抜けてそのままテルポシエ墓所へと赴いた。そして調査団一同はさっそく、遺品の判別作業に取り掛かる。
「長剣や中剣には、銘や紋がはっきり刻まれていることが多いので、比較的わかりやすいのです。しかしその他の装備品となると、持ち主の名前が記してあることはまれなので、遺族の記憶と一致させるしかありません」
ファイーがカヘルに、低く告げた。今日のカヘルと直属部下らは、遺品を集めた大型天幕内の隅に立ち、遺族らが様々な品をためつすがめつしているのを見守っている。
大きな卓子の上に、古びて傷んだ武具装備品の類が積まれていた。それらを取り巻くようにして、老いたマグ・イーレ騎士達が手中のものをこねくり回している。剣など持ち主のわかりやすいものは昨日すでに出尽くしてしまって、今あるのは矢筒の一部分やとれた革帯の端など、判別難度の上がったものばかりだった。
ファイーの従兄、カオーヴ若侯の遺品はまだ一つも見つかっていない。そしてファイー自身は、あまり作業を手伝うことも出来なかった。カオーヴ若侯が戦死する前はしばらく会っておらず、いとこがいかなる装備にて出征していったのかを知らないのだから、さすがの女性文官も手をこまねいていた。もはや、伯父のカオーヴ老侯の記憶に頼るしかないのである。よってやや所在なさそうに、ファイーはカヘルの横に佇んでいるのだった。
カヘルがそっとぬすみ見たファイーの横顔は、いつも通りにきりりと真摯である。そこに絶望や無力感などは見当たらないが……。
――そういうものをザイーヴさんが、包み隠しているのだとしたら? 本当は泣き叫びたい、あるいはエノ軍に向かって怒りをたぎらせたいのかもしれない。
喜怒哀楽を載せていないファイーの横顔を見つつ、カヘルは女性文官の気持ちを想像してみる。
自身は全くわかっていなかったが、キリアン・ナ・カヘルと言う男が女性の心に寄り添い、自分だったらどう思うかという主観よりにせよ――理解したいと言う一心でその思考をめいっぱいに開き広げた、初の瞬間であった。
「……うちの倅の革帯です。物入れにつながるところの疵に、見覚えが……」
涙まじりに、むせびかけながら言った一人の老人の背を、周りの何人かが手でさする。
「良かったですね、侯!」
そう。故人一人につき、遺品はひとつ見つかれば良いのだ。故郷マグ・イーレへ連れ帰るよすがになる。しかし、その一つ……たった一つを見つけられない遺族は、カヘルの目にも焦り疲れているように見えた。
――無理もなかろう。今日あしたでこの中から縁者の遺品を見つけられなければ、手ぶらで帰国することになるのだから。
ファイーの伯父は、飄々としているように見える。しかし、時折頭を振るそのしぐさに、哀惜がにじんでいた。カオーヴ老侯は卓子に手をついて、背を伸ばすように震えた後、立ってファイーの前に来る。
「ザイーヴちゃん。ちと腰が痛いので、その辺ひとまわり歩いてくるよ」
「はい、おじさん。代わります」
ファイーは伯父の座っていた席へ向かう。カオーヴ老侯が自分をじっと見たのに気づき、カヘルは天幕入り口の風よけ幕を老人のために押しのけてやる形で、自然にその後に続いた。
「……今日はどうにも、眼力がこもりませんでの。細かいものを見続けるのに、なかなか骨が折れます」
マグ・イーレ抑揚の正イリー語を、さらにのびのび長くするような言い方で老人は言った。
「お手元が暗いようなら、手燭を頼みましょうか?」
カヘルもまた、必要以上にデリアド訛りを引き伸ばして答える。調子としては、いつも通りに冷やっこいが。
「いいえ、目がかすむのです。やはりつらい」
「お察しします」
カヘルとファイーの伯父は天幕から離れ、ドルメンの方へと歩いた。そこかしこに立っている監視役のテルポシエ巡回騎士らは、通りがかりに二人の言葉を耳にして、微妙に戸惑うような表情になる。そう、西の訛りがゆるやかに間延びしすぎて、ちゃきちゃきした東の正イリー語に慣れた彼らの耳には、カヘルと老人の会話がさっぱりわからないのだ。
「あのエノ幹部の方は。身体の見つからない者はけものに喰われたと、そう言うておりましたな」
「ええ。カオーヴ老侯」
「カヘル侯、貴侯はその場にいなかったから、もちろんご存知ないでしょうが……。もう少し詳しい話を、聞いてはいませんかの。倅たちがどんな風に、なくなってしまったものか」
カヘルの淡い青の瞳が、老人に向けられる。躊躇するデリアド副騎士団長に、カオーヴ老侯はうなづいた。カヘルは周囲をそっと見渡す。墓所の裏手、聞き耳を立てているような者はいない。九年前の戦役以来、実際にテルポシエでの作戦に参加した当事者たちから体験談を聞き、さらに報告書を幾度となく読み込んで、知識として記憶に刻んでいることをカヘルは低く語った。
「騎士達が巨人の手につかまれ捕らえられ、巨大な銀の鍋の中に叩き入れられていった、と言う目撃談が複数あります」
「……」
「大丈夫ですか? カオーヴ老侯」
「ええ、……さよですか。武具やら得物やら、一切合切をまとめて放り込まれては……。裂けて落ちでもしなかった限り、何も残さずいなくなってしまったと言うことも、あるでしょうな……」
たくましい古樹のような老人はしっかりとした、しかし寂しげな口調で囁いた。
「倅モーランの遺したものを、何も見つけられない、ということもあるやもしれません」
カヘルも、この危惧は胸中に抱いていた。しかしその一方で、あの≪赤い巨人≫に捕殺された人間の身体がどうなったのか、という実際問題にも頭をひねっている。
――エノ軍幹部が言っていたように、まさしく巨人に食べられてしまった、と言うのだろうか?
カヘルがそこまで考えたところで、カオーヴ老侯が不意に朴訥な声を上げた。
「おや、あれは?」




