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自分は棚上げ、副団長

 

・ ・ ・ ・ ・



 翌朝は早くから、雨が風にのって降りつける日だった。


 濡れると言うほどではない。雨滴とも見えぬほどの極小粒が、厚い騎士外套の表面に、頭巾下のカヘルの頬に、触れてはみる間もなくすぐに風にけてゆく。そういううすい・・・雨である。


 前日同様にオーランの駐屯基地を発ったマグ・イーレ遺骨調査団の一行を、国境間際でエノ軍幹部と草色外套のテルポシエ巡回騎士らが出迎えた。


 しばらく進んだのち、前方のマグ・イーレ文官騎士らと歩んでいた一騎がおくれて来て、カヘル騎に並ぶ。


 パスクアとか言う名前の、エノ軍経理関連責任者だ。明るい切れ長の瞳をまっすぐカヘルに向けて、はっきりとした正イリー語で話しかけてくる。



「昨日うちの軍医が、改めて例の死体の検分を行いました。やはり、心の臓の発作に間違いなかろうと言うことです」


「そうでしたか」



 カヘルは平らかに答えてうなづいた。一応知らせに来てくれるとは、ずいぶん誠意を見せるものだと感心する。



「そういう病に急死されるには、少々見かけの若い方かと思いましたが……」


「ええ、見たとこは五十代でしたからね。ただ、うちのフィン軍医が言うには、一昨日の夜はそういうことがあってもおかしくない状況だったらしいんですよ」


「?」


「二日前の深夜、テルポシエでは強めの雨が降ってかなり気温が下がりました。そういう冷えた中を歩いて来て、急に暖かいところに入ると、元々弱い心の臓は衝撃を受けやすくなるんだそうです。あの岩家いわやの中は風も通らず暖かかったので、十分にあり得る状況だと」


「なるほど。寒暖差ですか」



 カヘルは自然にうなづいて見せた。あまり聞いたことのない話だったが、興味深い観点である。エノ軍医とは言え、医師の言うことなのだから信憑性も高い。パスクアもカヘルにうなづいてから、先を続ける。



「あの遺体は様子を見ながら、もうしばらく墓所の小屋に安置します。いま現在、行方不明者届を出している市民に聞いて回ってはいますが、探しに来る人がいなければ火葬となるでしょう」



 パスクアの言うことは、どこまでも自然で常識的だとカヘルには思えた。そう、身元の知れない病死者に対する、真っ当な対応である。



「今日は戦没したマグ・イーレ騎士五遺体の処理で、火葬施設もかかりきりになりますから、どっちみち男性死体の火葬は明日以降です。いずれにせよ、遺骨調査の皆さんのさわりにならないように取り計らうので、予定通り作業をしてくれるようにと。今、マグ・イーレの文官にも話したところです」


「わかりました。ご配慮、いたみいります」



 カヘルに向けてうなづくと、パスクアはすいと馬頭を脇に向け、すばやく列の先頭に向かって進んで行った。



「ずいぶんと、ご丁寧ですね」



 エノ幹部がずっと前に行ったのを見計らったように、ぼそりとした声がカヘルの後方で上がった。



「カヘル侯とあなた方が、デリアドで事件を多く解決していることをよく知っているのではないかな? あの幹部は」



 ちらりと肩越しに振り返れば、灰色ぶちの牝馬を御すランダル王が、カヘル背後のバンクラーナに話している。



「……どうなのでしょうね、特に隠すことではありませんが。そう匂わせたくて言っているのだとすれば、……」



 お前らのところにも間諜は入っているのだから気をつけろ、という威嚇に取れるかもしれない。その部分はさすがに口に出さないカヘル直属部下バンクラーナだ。それに聡明なるマグ・イーレ王には、言わずとも伝わっている。


 カヘルも何も言わなかった。しかしエノ軍経理関連責任者、その少々疲れたような双眸の奥に事なかれ思考をくみ取っていたデリアド副騎士団長は、別の感想を冷えひえなる胸に抱いている。



――あのエノ軍幹部は、とにかくこの遺骨調査の一件を静かに済ませたいのだ。応対の仕方にもずいぶんと配慮が行き届いているし、穏便にことを終えたいと言う気持ちは痛い程によくわかる。だが……?



 ここでも副団長は引っかかるのである。三日間の遺骨調査活動を問題なく終了したなら、テルポシエはその先の段階として、さらなる和平への歩み寄りを希望してくる……のだろうか? それならもっと意欲的に好意を押し付けてきそうなものなのに、そうしない。どちらかと言えば、イリー同盟諸国となあなあ・・・・の休戦状態たる現状を維持したがっている、とカヘルには感じられた。


 発見された男性死体については、何か裏事情を知っていてそれを隠蔽したがっている、という風にも思えない。つまりパスクア氏は、男性がガーティンローの元駐在騎士だった事実など、知る由もないのだ。それより何より、テルポシエとイリー同盟の間にさらなる摩擦が生じやしないかと、深く恐れているようにも見える。



――我々側に踏み込んでくることもなければ、自分たちの方に受け入れようと言うのでもない。敵対する休戦中の友人として、ほどよい距離をそのままに……。やはり新生テルポシエには、何か致命的な弱みが内在しているのだろうか? 我々イリー同盟諸国側には、決してつけ入られたくない何かが……。



 ガーティンロー市職員、文官騎士ベッカ・ナ・フリガンのまるい顔とともに、その言葉がカヘルの胸中によみがえった。ぷよッ。



≪……エノ軍と蛇軍の分岐点があいまいな分、テルポシエは我々イリー同盟国以上に、蛇軍に深く付け込まれている気がするのです≫



――精霊つかいの首領の統制をもってしてもままならない、不穏因子がエノ軍には内在するのだろうか。



 今さっき、自分をまっすぐに見て話してきたエノ軍経理関連責任者の瞳を、ふとカヘルは思い出す。パスクアの切れ長双眸は、日中の光の下ではっきりとみどり色であった。テルポシエ人によくある特徴である。



――エノ軍支配下のテルポシエ不穏因子。ひょっとしたら、深刻な紛争の火種でもあるのかもしれない。フリガン侯は東部系が少数派だと言っていたが、我々イリー側には見えない部分で東部系とイリー系テルポシエ人の対立が激化している、ということも考えられる。



 カヘルは小さく頭を振った。可能性としてあるにはあるが、確証のない想像を膨らませてしまった、と自省したのである。では逆に、確証のあることは何か。



――だいぶ後退していたし、ひげが濃色だったから気づかなかったが。あの人の髪は白金だった……。パスクア氏はイリー人、いやテルポシエ人と東部系の混血なのやもしれない。ひと昔前は二枚目だったくちか……今現在は三枚目である。



 自分自身もばっちり三枚目枠に足を踏み入れかけているのだが、その辺は華麗に冷やっこく流して、カヘルは淡々と前方を見渡す。白亜の城塞、テルポシエ市が今日も枯れた湿地帯の向こうに、重厚な姿をかまえている。






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