副団長の挨拶回り
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オーランの駐屯基地に戻ってからの時間は、ごく限られている。
騎士食堂にての夕食前後、カヘルはデリアド副騎士団長という自らの地位肩書を活かし、各国駐屯騎士隊の隊長格に表敬訪問を試みることにした。と言っても、簡単に挨拶回りをするくらいの感覚だが。
「昨日はこちら到着直後に、取り込んでしまいまして。ご挨拶が遅れて失礼いたしました」
「いえいえいえ! 長旅についでの監査大役。お疲れさまでございます、カヘル侯ッ」
縹色外套のファダン騎士隊長も、オーランの基地主司も、ごく平らかな様子でカヘルとローディアに接する。いわうお騎士は三人そろって、カヘルの前にかしこまった。最遠方から来ているフィングラス人は皆、多かれ少なかれ郷愁症状の相を呈している……いとあはれなり。
ガーティンローの駐屯騎士隊長とは食後、めいめいの宿舎への帰り道で立ち話をする。
「春の戦役以来ですが、皆様お変わりありませんか」
まじめに冷々淡々と言ってのけるカヘルだが、実はここで会っているほとんどの他国駐屯騎士とは面識がなかった。会っているのは確かだが、多く話をしたこともなく、いちいち顔を覚えてはいない。
「ええ。我がガーティンローは幸いこちらオーランに近いですし、一般駐屯騎士の入れ替わりも三月ごとと短いのです。白月の戦いの時とは完全に顔ぶれが変わっておりますが、おかげ様でみな息災にしておりますよ」
テモライ侯という、このガーティンロー駐屯騎士隊長は四十代くらい。中肉中背で態度も常識的に穏健な人だった。しかし毛織短衣の臙脂色のどぎつさが、これでもかと言うほどに圧迫的肥大感を与えてくる……。要するにど派手だ。
――今まであまり意識してこなかったが。あの赤い臙脂外套の下にも、ガーティンロー騎士達はさらなるど派手を着ているのか……。
改めて認識しつつ、カヘルは妙なところに感心していた。ここまでのど派手を心平らかに着られるとは、一体いかなる心境なのだろう。あるいは、ガーティンローなりの騎士修行の一環なのかもしれぬ。羞恥心や決まり悪さを越えてこその騎士道ということか、とまじめに考察していた。
――そう言えば、ガーティンロー市のキーン家で会ったベッカ・ナ・フリガン侯は、こんな熱苦しい短衣を着てはいなかった。文官の指定服は、だいぶん異なるのだな。
我らがデリアド副騎士団長は全くわかっていないが、ガーティンローのふくよか文官騎士が着用していたのは、最高級どころか至高級のフィングラス産羊毛織である。イリー産の毛織物の中でも高級品は西方ティルムンへ輸出され、さらにその中から選ばれしひみつの特級品が、理術士隊の砂色軍用外套に加工されていた。しかし輸出すら拒まれる、その上を行く希少品が存在する。ベッカ・ナ・フリガンは、そういった究極等級の羊毛衣を着られる御曹子なのであった。
……が、その辺はカヘルに全く関係ない話である。実際、副団長は『なんとなく地味な』色味だった、としか憶えていない。見る目なし、おしゃれ入門者なりキリアン・ナ・カヘル。
「実はひと月前に、入れ替え交代をしたばかりです。同時に現役を退いて帰郷した幹部もいますので、現在おりますのは私以外、カヘル侯には初めてお目にかかる若い者ばかりなのですよ」
「おや、そうでしたか。……退かれた幹部の方と言うのは? たしか春にお会いしたはずですが、お名前が思い出せません」
「ローフルー侯と、シトロ侯です。二人とも長くオーランに駐在しておりました」
一人目の名、ローフルー侯にカヘルはおぼえがあった。実に鼻持ちならない高飛車な態度、灰色ひげをくゆらせてカヘルを下に見てくる老害一直線の騎士である。こやつが前線に出ればよいのだと、春の戦役時カヘルは鎖鎧の下で思っていた。しかし、もう一人については全く知らない名前である。
「シトロ侯……」
「ええ、数年前まではこちら駐屯騎士隊長だった方です。本来なら私の赴任で本国帰還となるはずだったのですが、自主的に補佐役として残ってくれました」
カヘルはごく自然に、うなづいた。
「……四角い顔に青い目で、濃いめ金髪を少々長くのばし、ひげを刈り込まれていた方ですね?」
「そう、そうです! 思い出されました?」
ドルメン内で死んでいた男性の特徴を言ったカヘルに、ガーティンローの駐屯騎士隊長は屈託なく笑った。
「引退されるようなお年では、なかったように思うのですが……」
「ええ。シトロ侯はまだ六十前だったのですが、我が国には地方配属や遠方駐在の長い者には、早期退役の権利付与がありますから。それを利用して、シトロ侯はガーティンローへ帰られたのです。確かに奥さま連れで異国に七・八年もいると言うのは、たいへんだと思いますよ……。オーランは快適な国ですが、故郷とはやはり異なりますしね」
温和な表情のガーティンロー駐屯騎士隊長の言葉に、裏の意味や含みを探りあてることはできなかった。冷々淡々と相槌を打ちつつ、カヘルは胸中で確信する。
――間違いなかろう。死体はその人……ガーティンローのシトロ侯なる人物だ。そして目の前のガーティンロー駐屯騎士隊長は、現役の軍属でなくなったシトロ侯がどうなったのかを、全く知らないでいる……?
「シトロ侯も今頃はお元気で、引退生活を満喫して下さっているといいのですけど」
「ええ、そうですね」
――貴侯の知るシトロ侯は敵対国の遺品安置所で変死し、身元不明の浮浪者として燃やされることになっています。
どこまでも穏便に常識的な言葉を繰るガーティンロー駐屯騎士隊長に向かい、カヘルは胸中でのみ冷ややかに事実を語った。




