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くまホイッスルの謎

 

「男性のつけていた、その首飾りですが。これと一対になるものではありませんか?」


「ああッッ!?」



 カヘルの手中をのぞきこんだノスコとバンクラーナが、同時に小さく叫んだ。


 狭い室内の蜜蝋みつろうあかりを照り返して、白地に金色の市松模様がぺかっている! 地味なところで派手好き趣味、デリアド副騎士団長の手巾はんけちの中に包まれていたのは、赤い七宝細工の小さな筒であった。



「ちょっと失礼ッ」



 ものすごい勢いで鑑定用の綿手袋をはめ(※彼はいつも携帯している)、バンクラーナがその細い筒を手に取る。やがて鑑定騎士はぎんと顔を上げ、カヘルを見た。



「まさに、そうです! 死体のつけていたのがふた・・部分だとすると、これは本体に間違いありません。カヘル侯、これをどこで?」


「二度目にドルメンの奥に入った時、石どうしの重なった暗い隅に転がっていました。マグ・イーレ騎士の遺品にしては妙な新しさだと思ったので、バンクラーナ侯に見てもらおうと思い所持していたのです」


「気づきませんでしたよ、カヘル侯」



 素早く低く、……叡智圧でなくどす・・の利いた声で、ファイーが言った。



「一体いつのまに」


「……確信がなかったのです。申し訳ありません、ファイー侯」



 冷々淡々、しかして素直なカヘルの謝罪返答に、ファイーはきゅっと両肩を上げた。特に怒り続ける気はないらしい。が……。



――ぎゃひぃぃぃぃぃ!! 副団長に対しても、ファイーねえさんて怒ったらこうなるのかぁぁぁ!?



 ローディア、プローメル、バンクラーナの三者は、胸のうちで恐々とうめき声を上げていた。側近はそーっとカヘルを見下ろす、しかし副団長の表情はいつもと変わらぬ平らかさ……。



――いや? ちょっと嬉しそう?



 さすがは独自路線の恋路をゆく、我らがデリアド副騎士団長。勝手に遺構内から出土品(?)を持ち出して、女性文官にとがめられたことを喜んでいた!



――腹底に響きわたる気合! 何と言うするどきどす・・! 実に美しい怒りっぷり、やはりザイーヴさんは唯一無二の女性であるッ! 時々このように怒ってもらいたいッ。



 ああ、割と変態なりキリアン・ナ・カヘル。



「あの。これって……、何か用途のある飾りものなんでしょうか? 内側がれ物になっているように、見えるんですけど」



 興味のあることに気づくと周辺空気その他完全無視になる、若き衛生文官がバンクラーナの手中を凝視しながら言った。それで鑑定騎士も、はっと気を取り直す。



「ああ、これはですね……。熊笛です。ノスコ侯」


「くまぶえ?」


「ほら。胴と底の部分に、うすーく穴が開いているでしょう?」



 バンクラーナは、くっと筒を目の高さに持ち上げてみせる。それをのぞき込んで、ノスコがうなづいた。



「ああ、本当ですね」


「森の中で阿武熊あぶくま(※※)を避けるため、時々吹きながら歩くんです。ここに口をつけて吹くと、けっこう大きな音が出るので、山間部に住んでいる人はお守りみたいによく首に提げていますね。……ここまで装飾性の高い、派手なものは珍しいですが」



 やはりな、とカヘルは思った。森の国デリアドにも、危険な阿武熊あぶくまは多く棲息している。山仕事をする領民が、似たような形状の笛を身につけているのを、カヘルは何度か目にしたことがあった。バンクラーナが言うように、こんな派手な細工品ではなく、だいぶ簡素なつくりのものばかりだったが。



「では死亡した男性は、ガーティンローの北部山間部にゆかりのある人間……。土地をそこに所有していたり、あるいは配偶者など縁者がそこの出身の可能性がある、と言うことですね。バンクラーナ侯?」


「ええ。そう考えるのが自然だと思われます。カヘル侯」



 次いでカヘルは、昨夜会った際に男性が着用していた衣類についても、思い出せる限りバンクラーナに伝えてみる。しかし、鑑定騎士は首をひねって眉根を寄せた。



「ガーティンロー騎士団は、正規騎士の毛織短衣まで深臙脂えんじの特製品を採用しています。黒の光沢入りと言うと、私服だったのでしょう。手がかりにはなりません」


「趣味わるい、ってことはわかりますが」



 低く突っ込むプローメル、渋い。



「各国の駐屯騎士隊に行方不明者がいないかどうか、直接聞いてみれば話は早いのでしょうが。テルポシエ墓所であのような死に方をしていたと知れたら、体裁どころの話では済みません。どこの騎士隊も、ひた隠しにするでしょう」



 カヘルは冷えびえと両腕を組む。男性は、デリアド騎士ではもちろんなかった。女性文官に顔を向ける。



「ファイー侯。死体が発見された時、周囲にはマグ・イーレ遺族らの目が多くあったはずです。その中に、妙な反応をした人はいませんでしたか?」


「皆無です。カヘル侯」



 ファイーはびしッと即答した。



「死体がドルメンの外に運び出された際、ほぼ全員が男性の顔を見たと思います。しかし知った人間を見てはっと息を飲むような、そういう態度の遺族はいませんでした」



 黄土衣の一同は引き続き、首をひねり続ける。男性はマグ・イーレの騎士でもなさそうだった。



――そう。男性は私に対し、≪貴侯と、叔母さまの益になること≫と言っていた。



 もしマグ・イーレに縁のある騎士ならば、それこそカヘルなんぞに遠まわしに言うのではなく、叔母ニアヴに直に接触するなりも出来ていたはずだのだ。遺族の誰かに通じてマグ・イーレ正妃に連絡させてもよいことである。それをしないのは、やはりマグ・イーレの外部にいる人間であったから……と、カヘルは推測した。



「くまぶえ首飾りの観点から、男性の国籍の最有力候補はガーティンローです。しかし、ファダンあるいは地元オーラン騎士という可能性も排除できません」


「フィングラスのいわうお騎士は、ちょっとありえそうにないですが」



 ローディアがもしゃもしゃと言い添えた。


 イリー都市国家としては少々微妙な位置のフィングラス、内陸地の山国は同盟参加はしているものの、基本的には補給・援護の姿勢である。駐屯騎士も三人だけと、ごく少なかった。欠けてしまえば丸わかりである。



「とにかく、デリアドとマグ・イーレ以外の駐屯騎士であることは、ほぼ間違いありません。各国駐屯騎士らの動向に注目し、不審な欠員を確認したらすぐに情報の共有を」



 狭くるしいへやの中、黄土衣デリアド騎士の五人は、冷やっこいカヘルの双眸をみて静かにうなづいた。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

※※阿武熊あぶくま:アイレー大陸に幅広く棲息する雑食獣であり、イリー世界における生態系の頂点。伝承ではほんとうの空のもとに闊歩かっぽすると言われている。めったに人を襲うことはないが、遭わないに越したことはない。(注・ササタベーナ)


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