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さあ始まりました冷えひえ捜査会議

 

・ ・ ・ ・ ・



「……遺体を見た時、ごく典型的なイリー男性だとは思いましたが。混成軍の駐屯騎士だった、ということですか? カヘル侯」


「そういうことです。ファイー侯」



 びしびしした問いに対する、冷えひえな答え。どちらも低く落とした声である。



「きのう私が給湯室にいた時に、カヘル侯に接触してきたと……! 周囲には誰もいなかったはずですが、その男性は副団長が一人きりでいるところを、よくよく見計らってきたのでしょうか?」


「そのようですね、ローディア侯。厳密にはパンダル先生が洗い場に入り、ブラン君がその入り口に立っていたところでした。ただブラン君は護衛として衝立ついたての裏にいましたから、彼には秘密の話を聞かれる心配はないと、男性は思ったのかもしれません」



 もじゃもじゃと問う毛深き側近を見上げて、カヘルは言う。



「カヘル侯。この一件について我々だけで調べるのであれば、パンダル先生やブラン君に話すのも避けるべきですか?」



 長い鼻をひくりと動かし、渋く問うてきたプローメルにカヘルは冷々とうなづき返す。



「ええ。……現時点では、何も言わないでおきましょう」



 オーラン市の東側にあるイリー混成軍駐屯基地に戻ってきたカヘル一行は、ローディアとノスコにあてがわれた宿舎の一室にて、小会議を行っている。


 どうして側近騎士らのへやかと言うと、単にここが一番広いからだ。と言っても黄土色外套の下に軽量鎖付き革鎧を装備したのが四人、加えて文官二人が入れば、じつに狭苦しく感じられる。六人は円く顔を突き合わせ、ドルメン内部で発見された不審な男性死体について話し合っていた。


 生前の男性に会っていたことを、カヘルはこの五人以外に知らせるつもりはなかった。駐屯デリアド騎士らにも、である。


 側近ローディア、直属部下のプローメルとバンクラーナに関しては、カヘルの将来的方向も理解した上で日々腹心として活動しているのだから問題はない。


 一方でファイーとノスコについては、打ち明けることをカヘルは少々躊躇した。強く連帯してはいるものの、二人の文官は副団長の直属ではない。……が、これまでの捜査において彼らがカヘルに信頼を置いてくれていることは、身に沁みてわかっていた。



「今回はデリアド副騎士団長の権限内、極秘捜査ということで。おおやけにするものではないと、よくよく心に留めおいて下さい」


「はい」


「はいッ!」



 あらかじめ言い置いたやや厳しい言葉に、ファイーとノスコは間髪入れずに返答してくれた。その二人に賭けてみよう、とカヘルは思う。


 そもそもがカヘルにとって、後ろ暗い野望ではない。ファイーにいつか詳しく話したとしても、胸を張れる理想なのだから。



――ザイーヴさんは大丈夫だ、かならずや理解してくれるだろう。……いや、これは単なる希望的観測か。



 なぜそこで弱気になるのであろう、キリアン・ナ・カヘル。



「それでは、ノスコ侯。まず死体それ自体から、何かわかったことはありましたか?」



 まだまだにきびの残る若い顔を真剣に引き締めて、衛生文官はカヘルにうなづいた。



「死因は、心の臓の急な発作です。後から来たエノ軍医と一緒に検分したのですが、気道に異物が詰まった形跡はなく、他に致命傷となるような外傷もありませんでした」


「……あるいは心の臓の病に見せかけた、例の呪いというやつかもしれない」



 プローメルが低く差し挟んだ言葉に、一同はびしりと意識をこわばらせる。


 西方ティルムン文明にて使用される軍属戦略の≪理術≫、その中には契約を果たさぬ者の責任を命でもってあがなわせる、恐ろしい秘術があった。≪言呪戒ごじゅげ≫と言う。



「テルポシエには現在、ティルムン由来の非正規理術士が十数人いる、という情報があります。そのうちの誰かと男性は契約を交わし、遂行できずに殺されてしまったと言うこともあるでしょう」


「なるほど。その考えは保留です、プローメル侯。バンクラーナ侯は、何かを見出しましたか?」



 カヘルに言葉を向けられて、バンクラーナは少々不敵とも言える表情を浮かべた。切れ長の瞳がきらっと輝く。そう、物的要素から最大限の手がかりを引き出し、人物像の再構成まで行う、この仕事人の出番だった! それを狙ってカヘルは、バンクラーナをノスコに同行させたのである。期待大!



「何もありませんでしたッ」




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