王妃と副団長の野望
「九年前の戦役の、遺骨収集ですか……。テルポシエは一体なぜ、今の時期にこのような申し出を?」
「表向きは、例の害獣の掃討がうまく行ったこと。テルポシエ市を囲む湿地帯の通行が容易になる冬の乾季であるから……と言う風に、穏便な主張をしているわね。その実は、生ぬるい和平工作の一環なのでしょうけど」
ニアヴの口調は落ち着いていて静かだったが、そこには明らかな憎悪と嫌悪が込められている。テルポシエはイリー都市国家群≪東の雄≫として、西の雄たるマグ・イーレと長年好敵手の関係にあった。しかし純然な野望を胸に抱いて生きてきたニアヴ・ニ・カヘルにとり、テルポシエは完全なる悪なのである。
イリー社会の東端にある港湾国家テルポシエは、さらに東方からやってきた異民族由来の新興武装集団≪エノ軍≫に大敗した。おごれる騎士と貴族とは滅ぼされて、完全に主権をのっとられてしまったのである。もう十年以上前の話だ。
唯一生き残った王族末裔の姫君は、あろうことかエノ軍幹部に与した。他のイリー諸国からの介入を拒み、最近になって王の称号ごと名目的な主権まで、蛮軍の首領に譲ってしまったと言う。
イリー暦200年の今春、その蛮王暗殺を主目的として、イリー混成軍はテルポシエ遠征を行った。諸国中最小領土でありながらも、金融大国のオーラン。水軍を有するファダン。富裕国ガーティンロー。内陸地山国のフィングラス。そしてマグ・イーレともっとも親しい最西の森国代表として、キリアン・ナ・カヘルもデリアド騎士団を率いて参加したのである。
戦いは誰もが予期しなかった方向へと進み、結果的には第三者たる敵の姿が浮かび上がって終いとなった。
これを都合よく解釈して、新生テルポシエは以西のイリー諸国との和平路線を選択したもようである。いまだ公的な国交は開かれていないが、それを所望すると匂わせる親書が、ひっきりなしにイリー諸国の宮廷に届いていた。
今回の書簡も同様の姿勢ではあるが、九年前の戦死者の遺骨収集という無視できない課題をちらつかせられ、ニアヴは深刻に受け取ったのである。
「我がマグ・イーレとしては、もちろん捨て置くわけにはいきません。たとえこの提案が、テルポシエ側のめぐらした罠であるとしても、です。むしろ正々堂々、何の汚い手出しもできないような潔さで乗り込んで行ってやろう、と思うのよ。けれど問題は、誰に行ってもらうかということ」
マグ・イーレ騎士団から猛者を選りすぐり、遺骨収集団員として送り出したいところだが、それでは殴り込みになってしまう。遺族の中から希望者を募るとして、他に箔になるようなそこそこの要人をつけたい。それがニアヴの本音である。
「そこであなたが同行してくれれば、非常に助かるのよ。キリアン」
ずばり率直に頼まれて、カヘルは少しだけ動じた。胸の内でだけだ、表情は平生どおりに冷々淡々なままである。
「確かに私が同行すれば、テルポシエとマグ・イーレ間だけの問題ではなくなりますね。暗に、イリー同盟からの威圧をかける効果が出るでしょう」
「その通りよ、キリアン。実際、戦死者の中にはデリアドや他国に遺族のいる人がいますからね。そう言った方々にも、同行してはどうかと声をかける予定でいます。圧をかけるなら、より多彩であった方が、テルポシエもやりにくくなるでしょう」
カヘルはうなづいた。
「わかりました。私が直属部下と、……できればデリアド側の遺族を連れてテルポシエへ向かえるよう、フォーバル騎士団長と宮廷を説得します」
「ありがとう。キリアン」
叔母もうなづく。強い眼光を宿した双眸が、満足そうに煌めいていた。
この王妃――マグ・イーレ第一妃ニアヴは、みずからの理想に基づいた大いなる野望を胸に抱いている。
東方からの蛮軍。北方からの山岳民族。西方、文明発祥地のティルムン。
これらの脅威に囲まれたイリー都市国家群は、ひとつひとつの単位で見ればあまりに弱く脆く、はかない。テルポシエが良い例だ、あっという間にエノ軍に飲み込まれてしまった。残されたイリー主権の各国に、考えている暇はない――。
寄り集まり心を合わせ、力をあわせて、一体となって外側の敵に立ち向かうしかないのだ。その集まりがさらに大きな単位となれば、なし得る防御はより固くなる。
全てのイリーの子。女の子と男の子とが、脅かされずに生きられる≪強いイリー≫をつくることこそが、ニアヴ・ニ・カヘルの望みであった。
強くなること、すなわちそれはイリー諸国の一体化。マグ・イーレが中心となっての、一国融合。
――それを征服、侵略と呼ぶかどうかは、個々人に任せる。私は、そう呼ばない。そしてダーフィ陛下のいとこである叔母上が、祖国のデリアド王とその後継をないがしろにするわけがない。全イリーがマグ・イーレを筆頭とした共同体になると言うだけで、各国の王統と領域とは未来永劫、受け継がれてゆくのだ。
叔母の青い眼光をやはり冷たく受け止めて、カヘルは胸中で独り言ちる。
隣でふと、もじゃもじゃ毛深い側近が、わずかに身震いをしたようだった。
春に見たあのテルポシエの恐ろしい巨人の様子を、ローディアはまた思い出しているのだろうな、とカヘルは推測した。……
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