ドルメン内部調査
マグ・イーレ文官が携帯松明を持って、岩家の入口間際に立つ。
もう一人のマグ・イーレ文官とローディアが、地面に目を凝らして運び残しの遺品を探す間、自前の小さな携帯松明を掲げてファイーはドルメンの奥に入って行った。奥行きがあるとは言え、岩家は岩家である。自分が入って行って狭くなり、ファイーに煙たがられないか、とカヘルはためらう。
しかしその女性文官本人が、カヘルをまっすぐに見てぴしりと言った。
「カヘル侯。見て下さい」
ローディアのかさばる身体をよけ、カヘルはドルメン内側に入りこんでみる。先ほど同様、泥のような奇妙な苔がカヘルの足元に気色わるい。それにはファイーも着眼していたようだ。
「なみだ茸の一種で、≪黒霧茸≫と呼ばれる菌類の一種です。空気の流れがほとんどない、暗黒空間に繁殖するきのこです」
「苔のように見えるのですが、ファイー侯?」
「光のささない場所に、苔は生きられません。カヘル侯、ここの奥部分は完全な暗闇です。石と石の間に、全く隙間がない」
ファイーは言って、松明を頭上にかざす。
岩家の天井部分を成す屋根石は、なめらかに見えるほど平らかだ。
カヘルとファイー、ほぼ同身長の二人が見上げる先にはいくばくかの空間がある。それだけ高めの天井だった。
「そこの所に、うすく線があります」
一番奥まったところ、突き当りの壁石まぎわの天井部分を、カヘルは指さした。
「本当ですね、カヘル侯。……む、やはり戦棍線刻です」
うなづきつつ言ってから、ファイーは小首をかしげた。自分で自分の言い間違いに気づいたらしい。
「違った。戦斧線刻でした……。遺体があったのはちょうど、その真下あたりでしたね?」
カヘルは先ほどの記憶をたぐる。
「いいえ、もう少し右に寄った隅です。石の組み合わされた部分に縮こまるようにして、男性はうずくまっていた……」
ファイーとカヘルは、その隅に寄った。無言でそこに見入るファイーに、カヘルは低く言う。
「この巨石記念物は、≪ドルメン≫と呼ばれるものなのだと、先ほどパンダル先生が仰っていました」
「ええ、わたしも同感です。これは≪巨石卓≫……。イリー世界においては、大小あわせて百基以上の例が確認されています」
しかしこれほど大きいものは珍しい、とファイーは続けた。
「テルポシエ大市の北東に、状態の良い大型ドルメンが一基あると書物で読んだことがあります。ですがまさか、ここにあるとは思いもよりませんでした」
土地の貴族の私有地にある遺構が調査されにくいように、墓所という場所がらあまり注目を浴びて来なかったのかもしれない、とファイーはびしびし推測する。それを淡々と聞いてうなづいていたカヘルは、さらに声を落としてファイーに問うた。
「亡くなった男性が、ドルメンへの供物として捧げられていた可能性はあると思いますか。ファイー侯?」
「微妙です。カヘル侯」
囁き声まで、びしびししているファイーである。
「東部系住民が供物や生贄を捧げていたのは、おもに巨立石と環状列石だったと言われています。ドルメンは内部で人骨が出土した例がありますが、それはどうも埋葬されていたようなのですね。よって供物としての生贄ではありません」
「埋葬?」
「東部ブリージ系の人々は、これらの巨大な卓子を墓所として二次使用していたようなのです。ですから研究者によっては、ドルメンのことを≪支石墓≫と呼ぶこともあります」
そう言えばランダル王はカヘルに、この石組みが古の人々に『死者の哀しみの家』と呼ばれていたことを教えてくれた。戦没者の遺品を安置するずっと以前から、この岩家を墓として利用していた先人もあったのかもしれない、とカヘルは思う。
ファイーは奥部分の壁を成している巨石に向けて、松明を上下させた。
「この石の向こうが、丘の腹にくっついているはず。一番奥まった部分であり、外気と離れて風も感じない。先ほどのエノ軍幹部の説明のように、男性が雨風を避けるために宿ったのであれば、確かにここが一番温かい場所でしょうね」
その後しばらく、ファイーは無言でドルメン内部を凝視していた。やがてカヘルに言う。
「出ましょう」
外光に向かって、ファイーが振り返った。それを追おうとした瞬間、巨石と地面のまじわる隅の闇の中に何かがきらりと輝いて、カヘルの注意を引く。さりげなく素早く、カヘルは身を屈めた。




