十分すぎる警備体制
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カヘルとマグ・イーレ文官、エノ軍幹部に状況を説明されて、天幕内の遺族らはかなり驚いた様子だった。
大きな卓子の上に山のように積まれた遺品―長剣、矢筒、防具の部分品など―それらを取り囲むようにして、ためつすがめつしていた手を休め、皆じっとエノ軍幹部を見つめた。どの顔にも疑惑が浮かんでいる。
カヘルの後ろに立つローディアは、彼らが問いを発するのをどうにかこらえている、と察した。
――みんな、エノ軍テルポシエの遺品管理のずさんさを非難したいんだ。
浮浪者が容易に入りこめるような場所に、警備もおかず遺品を放置していたのか、と。
品々の大半は武具と得物だ。少量を持ち出して自分で使うなり、中古品として売るなりできる。死体として見つかった男と言うのは、実はそれ目的のこそ泥だったのではあるまいか? そう遺族らが邪推するのは、むしろ当然の流れかもしれない。
天幕の出入り口近くに佇むカヘルは、視界の隅にファイーの姿をとらえた。女性文官はこれまでの事件捜査中に見せてきた、あのきりっと笑わない表情にて、唇を引き結んでいる。
「……遺品を管理している場なのに、警備が不十分だったのではないか、とお叱りを受けそうですが」
ほんの少しの沈黙の後、観念したかのようにパスクアが頭を振り、口を開く。
「実はこの一帯には、十分過ぎる警備体制を敷いています。……この丘には精霊が多数おりまして。特に夕方以降は≪霧女≫が結界を張りますから、盗人など邪な意図を持った者は、墓所に入りこめません。よって亡くなったのは、純粋に迷い込んでしまった不幸な一般人だと思われます」
「……!!」
ファイーの後方あたり、書類ばさみと携帯式の硬筆を手に持ったランダルとロランが、同時に口を四角く開けたのが、カヘルにわかった。二人の輪郭が一瞬だけ波線描写に震えたように見えたのは、錯覚であろうか。疲れ目なり、キリアン・ナ・カヘル。
「今もかれらはここにいるのですか、……我々の周りに? 見えていないだけで?」
初老のマグ・イーレ遺族騎士が、穏やかにパスクアに問うた。
「いいえ。皆さんの調査を妨げないよう、今は離れて静かにしています。ですが暗くなる薄明以降は、湧いて出てきますので……」
怪談に相当する内容を、ごく事務的な調子で言ってのけるエノ軍経理関連責任者の態度は、その場の一同にはちぐはぐに思えた。カヘルも目を細めて、考えている。
――つまり。エノ軍首領メインの使役する精霊どもが、墓所と丘周辺の警備をしていると……そう言いたいのか。
親書など公式の通信では全く触れられていないが、この新生テルポシエの≪王≫メインは精霊召喚士……精霊つかいである。その能力を使って自軍統制を行っていることは知られているが、イリーに対する戦局的な実力値は一切が未知。はっきりとぶつかった騎士隊もいないゆえ、メイン本人もその実力も、謎に包まれているのだ。
今もパスクアは、≪霧女≫なる精霊が首領メインの命令に従って夜間警備をしているのか、あるいは単にそこにいるだけなのかについて言及しなかった。テルポシエとエノ軍の戦略要素なのだ、言うつもりもなかろうなとカヘルは思う。ましてやマグ・イーレの者には、片鱗たりとて知られたくはないだろう。
「ですから今日の分の調査で持ち主の判明しなかった遺品は、このまま天幕の中に置いたままにしてもらって構いません。明日の朝まで、必ず手付かずの状態で持ち越されます」
パスクアにうなづかれて、マグ・イーレの文官騎士が後を引き取る。
「……と、言うことです。それでは皆さん、判別作業を再開してください……。念のために、岩家の中に残ったものがないかどうか、本官と確認なされる方は?」
大多数の遺族が、それでひやっと頭を伏せて得物の銘調べに戻ってゆく。目に見えない薄気味わるさに、誰もが急かされているようだった。
するり、と天幕出入口にファイーが寄ってきた。マグ・イーレ文官に同行するつもりなのだろうが、女性文官はまっすぐにカヘルを見る。
「……出征時の従兄の装備品を全く知らないので、今は伯父に任せることにします。本官はドルメンの方の確認を、手伝おうと思うのですが」
低く囁かれたファイーの声に、カヘルは小さくうなづいた。
天幕に残るようプローメルに視線で合図をしてから、ローディアを伴ってカヘルはファイーの後に続く。
軍用天幕を出た直後、気配を感じてカヘルが振り向くと、民間識者の一味がくっついてきていた。
「へ……先生??」
マグ・イーレ文官が、少々心細げに声をかける。
「すみませんね。先ほどは、あの巨石遺構の外内観をよく確認できていませんでしたので!」
「遺品が歴史的建造物に安置されていたと言う歴史的事実を、時間系列的に的確に記録しなければいけませんからね、我々史学研究者はッッ」
ランダルは帽子のつばの下から落ち着いて言うが、その後ろのロランは見るからに青ざめて、びびり腰だった。言っていることも一聴しち難しいが、単なるめちゃくちゃである。二人の後ろ、ブランはぬうんと変わらぬ朴訥顔でついて来ていた。
ドルメン近くにいた草色外套のテルポシエ巡回騎士に、ランダルはまず遺構外側を調べると宣言する。仰々しく書類ばさみの板を手中に広げて、岩家の周りを歩き始めた。
「実に典型的な、巨石の卓子ですね~! 助手のロラン君ッ」
「ええ、ばっちり典型ぶっちぎりの、ドルメンです! 先生ッ」
「まずは石の基数を数えますか……! 硬筆の準備です、助手のロラン君!」
わざとらしい掛け合いを続ける王と古書店主の声を、彼らなり自分に向けての安全点呼として了解しつつ、カヘルはドルメンの方に注意を向けた。




