事件性、なし
「ええ、しません。事件性はないです」
きっぱりと言い切るパスクアのその態度が、デリアド副騎士団長には不可解でしかない。さすがに怪訝そうなカヘルの様子を察したのか、パスクアは小さく肩をすくめて言い添えた。
「……丘が静かですからね。あの人が誰かに殺されていたのなら、もっと大ごとになっていたはずなんだ」
カヘルには、さらに訳がわからなくなってきたのだが、何と言ってもここはテルポシエ。和解方向へ進みたがっているとて、敵陣内だ。食い下がって問うのはやめておこう、とカヘルは何も言い返さなかった。代わりに、ふと思いついた感を満載にして、後方の部下を見やる。
「そうだ……バンクラーナ侯。当地の医療関係者が来るまで、ノスコ侯と一緒にご遺体に付き添っていてもらえますか?」
「はい、カヘル侯」
こちらも何気なさ全開、カヘル直属部下のバンクラーナはノスコと連れ立って、墓所入り口の近くにある安置所へ向かって歩いて行った。演技派なり、カヘル一行。
「しかし、まぁ……。寒かったのかな、よっぽど切羽つまっていたんでしょうね。あの頑丈な鉄柵をよじ登ってでも、雨を避けたかったのか」
捜査とはおよそ思えない、雑談的な話の振り方で、プローメルがウーディクに言っている。
「そうすねぇ。ゆうべはこっち、夜中にけっこう降ったんすよ。このあたりは他に建物なんて何もないし、安置所は死体があったら気持ち悪いってんで、岩家に潜り込んだんかもしんないっすね」
「その安置所にも、宿直の墓守はいなかったんでしょう?」
「昨日今日は葬式もなかったんで、居てないっすね。日中に巡回騎士が何度か見回りをした時も、けさ天幕を張った時も、特に異常はなかったはずだし」
淡々と答えるウーディクのおもしろ声には、しかし含みがあった。
――あんたの考えてるような不審は、何もないよ。
長い鼻をきゅうっと上下に動かし、何気ない風を装ってプローメルはうなづいた。
――曲者だ、こいつ。おもしろ顔して、頭の回るところは隠してやがる……。
「では、遺族の皆さんのもとへ。調査作業再開と、そう伝えましょう」
パスクアとウーディクに、そしてマグ・イーレ文官らに淡々と声をかけて、カヘルは軍用天幕へと足を向ける。
いつもと変わらぬ速足である……。しかし副団長の胸の内には、ちりちりとしたきな臭さが漂い始めていた。
――エノ軍とテルポシエにとり、これは一般人の不幸な事故死でしかない。つまり事件であると確証できるのは、いま現在では私一人だ。混成イリー軍の一員が、かような敵地に入りこんで……一体何をしていたのだ?
大きな天幕の入り口近くに、黄土色騎士作業衣を着た一人が出てきた。ファイーの瞳のその叡智圧、何があったのだと問う眼差しは、離れていてもカヘルには刺さる。
――そして何故……殺された?
男性の死に顔を思い出して、カヘルは自問するもすぐに考え直す。
――いや。そうではなくて、本当に急病死であったのかもしれぬ。だがしかし……! この場所この頃合で、イリーの騎士が死ぬと言うのは、どう見てもおかしい。何かがある。
デリアド副騎士団長として、幾つもの現場を見てきたカヘルには確信があった。これは殺人事件なのだ、と。




